こんにちは

孟徳です。

今日は昨日言いたくて言いたくて仕方なかったお話をします。


まずは、何故、睦月なのかということ。

え~1月は睦月といいますが、何故でしょうか。

今一番有力な説は、

親族同士が互いに往来しあって、

仲睦(むつ)まじくする月、「睦み月」だからというものです。

他にも、稲の実をはじめて水に浸す月で、「実月(むつき)」が転じたとする説や、

元になる月で、「もとつき」が「むつき」に転じたとする説があります。

ちなみに、花札で言いますと今月は「松に鶴」。

これですね。


孟徳新SHOW

これの入った役には、「五光」・「四光」・「表菅原」・「松桐坊主」があります。


ほんとはこれを月の初めに書きたかったのですが、

遅れてしまいました。

ところで、皆さんは良い夢見れました?


話は変わりますが、

「元旦」という言葉について、

この「旦」という字、

上の日は太陽を、下の棒は地平線を意味しています。

従って、元旦とは「初日の出」や「元日の朝」を表します。

でも、最近は元旦と元日が混同してしまって、

元旦に1月1日という意味を含むとする辞書も増えました。


旦の字のようなつくりの漢字には、

ご存知程、程昱さんがいらっしゃいますね。初めは程立という名前だったのですが、

日輪(太陽)を掲げ持つ夢を見たことで程昱と改名し、曹操に軍師として仕えました。

この人と曹操との蒼天航路内でのお話にはこんなものがあります。

~あるとき程立は日輪を掲げ持つ夢を見ました。~

曹操:「日を支えるお前の夢は正夢だ。

     以降程昱と名乗り我を支えよ」

曹操:「天下は俺をなんと呼ぶ?」

程昱:「乱世の姦・・・・

     千年の天下はただ”曹操”とのみ呼び伝えましょう。」

曹操:「曹操は曹操となったわけか」


~ここから程昱の回想に~

程昱:「この昱もまた・・・」

    「この昱もまた、ただ”昱”とのみ呼び伝えられる。

     ただ それだけでよい。」

    「充ち足るを知り程昱ここに引退を決す。

    「おお、あの夢の中この手が捧げ持っていたのは、

     曹操殿であり、この程昱自身でもあったのか」


~かくして正夢となったわけですが、この程昱に関しての曹操と温恢の対話です~

温恢:「程昱殿にはおたずねしたいことが山ほどありました。」

曹操:「すでにおらぬ者の言葉が欲しいな   ら、その人間を丸ごと自分の中にぶち込み、数多くの自問をすることだ。答えは無理に出す必要は無い。」

う~ん、皆さんかっこよすぎです。

この自問という行為は孫権も行っているのですが、

見習うべきですね。

簡単に人に聞いてばかりではいけません。

まして、その相手がいなくなったときなど、

相手になり考えてみる。(呂蒙さんもなりきれとはよく言っておったそうです。)

そして、見栄や虚勢には頼らない。

まことに、現代に見習うべきものの塊といえますね。


うわっ、長っ。(ノ゚ο゚)ノ

こんなに長くする気はなかったのですが、

僕的には面白いと思います。

この対話の解説(?)に誤りがありましたら、

コメントでお教えください。


ご愛読ありがとうございました。