1時間ほど前から「東京貧困女子。彼女たちはなぜ躓いたのか」などで貧困、介護、風俗、超高齢社会をテーマとしているフリーライターの中村淳彦がAV専門誌「オレンジ通信」(東京三世社刊)で約9年にわたり連載された、500人以上の企画AV女優とのインタビュー集をまとめたノンフィクション書籍「名前のない女たち 企画AV女優20人の人生」を読んでいるのだが、初っ端の結城杏奈のライフストーリーが衝撃過ぎて、私も何か語らなければという使命感みたいなものに突き動かされている。登場する企画女優は結城杏奈、小越あい、北条舞、市川紗苗、ひなこ、星野瑠海、水野奈菜、斎藤つかさ、飛鳥みどり、今井はるか、本島純子、白鳥あい、立石サヤカ、田口エリカ、麻保子、百瀬うらら、木下いつき、林まなみ、瀬戸内あすか、朝倉まりあ。

一口にAV女優といっても、いくつかに種類分けされていて、「単体」「企画単体」「企画」の3つにタンク分けされている。

単体とは、AV業界のトップに君臨する一握りのAV女優のことで、一本のAVをそのAV女優を主役として作ることができる存在であり、またそのAV女優の知名度と人気によって、そのAV女優を主役に据えて撮影をすれば、ある程度の売り上げを見込めるAV女優の事を指す。一時期、AV女優によって構成されるアイドルユニットである「恵比寿マスカッツ」が大変な人気となったが、地上波・BS放送のバラエティ番組で活躍したり、ラジオ番組のMCを務めたり、広く一般を対象としたイベントに登場したりしているAV女優の多くは単体だ。単体女優は、企画単体と企画とは異なり、特定のAVメーカーと契約したうえで活動するという特徴があり、1本あたりの計算で出演料が支払われ、AV女優でありながら、AV業界を飛び出して一般の芸能界で活躍するという、大成功を収める女性も出てくる。ただし、何千人といるAV女優の中で、単体女優になれるAV女優はごく一握りであり、優れたルックスとスタイルと華やかさ、そして運がなければまず単体女優になることはできない。

しかし、「名前のない女たち 企画AV女優20人の人生」に登場する企画女優は、単体や企画単体のように光るものを持っていないため、自分ひとりの演出ではとても作品を作ることができないAV女優で、AV女優としての名前はなく、ネットなどでもまったく話題に上らないことから知名度が低いため、素人に扮しての撮影に応えることができ、作品が出来上がった際にも、パッケージに自分の名前が出ることはほとんどなく、誰にも知られることはない。だからこそ、ある作品では女子大生として登場し、ある作品では人妻として登場し、ある作品では現役風俗嬢として登場するなどといったことが可能となる。ギャラは日当だ。例えば、3時間の撮影で5万円もらえたとすれば、時給は約1万7000円。現役で活動しているAV女優の数は末端の企画女優まで合わせると8千人とも1万人とも言われている中で、企画女優はAV女優全体の80%以上にものぼり、非常に競争が激しく、仕事の依頼を受けるのも容易ではない。その上、応募に対して募集が多いので、企画女優としてプロダクションに登録できない女性も数多く存在する。いま、AV女優は供給過多なのだ。運良く企画女優になれたとしても、メーカー10社に面接をうけても、ひとつもオファーが得られないケースも多々あり、仕事を増やしたいと思えば、過激な内容のAVに出演するほかないが、過激であるにもかかわらず出演料は安く、疲弊していくという悪循環に陥る。言ってみればAV女優の底辺である。例えば、単体女優の場合、ルックスもスタイルも飛びぬけて優れた女性がスカウトマンにスカウトされて大手プロダクションに所属し、メーカーと専属契約するのに対して、企画女優は圧倒的に応募が多い。試しに「企画AV女優」でネット検索してみると、募集サイトが数多くヒットする。キャラクターさえよければ、企画女優から成り上がる「シンデレラストーリー」もあることはあるが、単体女優でさえ容赦なく淘汰され、また毎年数千人の企画女優が生み出される中で企画単体女優へとステップアップしてトップクラスの知名度を獲得するところまで這い上がる女優は非常にまれであり、数万人に1人。アイドル級の活躍をするAV女優にあこがれてAV女優になる女性は多いが、不本意にも企画女優としてしか出演することができないために、まったく知名度を獲得することはできず、結局誰にも名前を知られないまま引退していくのがほとんどである。

登場する全ての企画AV女優を紹介するわけにはいかないので、代表的とも言える結城杏奈のライフストーリーを紹介したい。。

彼女は、台湾で日本人家庭の子供として生まれ、幼い頃に父親が借金を残して蒸発したのを機に日本に帰国し、看護師の母親の手で8人兄弟の母子家庭で借金に追われて日本の各地を転々として育ちホームレス生活をしたこともある。ホームレス時代は新聞紙にくるまって寒さをしのぎ、母親が熱心なカトリック信者だったために、食事や住居の面倒を見てくれる全国の教会を転々とする。しかし、全てで受け入れられることはなく、最後はいつも追い出される。ろくに学校にも行っていないので勉強もできず、入浴もしていないので臭くなっていじめを受ける。これは終戦直後の話ではない。日本人のほとんどがバブルに舞い上がっていた1989年頃の話である。少しでも家計の支えにと准看護学校に通いながら開業医の医院で働くも、夜勤の時に院長にレイプされる。これが初体験。そんな時に父親の残した3600万円の借金返済を一人で抱え込んで、キャバクラ→イメクラ→企画AV女優と渡り歩いて、休みなくフルに働き詰めて、性器を傷つけた上に本番撮影が原因で子宮外妊娠し、徹底的に肉体を破壊しただけではなく、精神まで狂ってしまって、退院後すぐに精神病院に2ヶ月入院する。にもかかわらず、精神病院退院後、家族が住む家が欲しいという理由で再びAV女優として働き始める。過酷なライフストーリーを支えたのは、母親のため、家族のためらしい。近年、家族の崩壊を嫌というほど見せつけられてきたが、こんな家族愛を私は知らない。家族とは捨て去るべきものとずっと思い続けてきた私にとってはショッキングだった。人それぞれと言ってしまえば終わりだが。

家庭崩壊、或いは機能不全家族となる要因としては、家族構成員のアルコール依存、虐待(子供への暴言や威圧的態度も含まれる)、共依存などが挙げられる。更に、このような機能不全的な家庭となっている場合は、その家庭を構成する親、または祖父母などが、機能不全家族で育った可能性もある。アルコール依存症、ギャンブル依存症、薬物依存症、親の自殺、親の死亡、親の浮気、両親の離婚、親の再婚、親から見捨てられる行為(ネグレクト)、精神的な児童虐待、肉体的な児童虐待、性的な児童虐待(児童性的虐待)、兄弟姉妹間での処遇格差、家庭不和、家庭内の暴力、借金などがある。また、こうした家庭崩壊や機能不全家族との直接の因果関係は定かではないものの、この数年、日本で起きている殺人事件の中で、親族間での殺人が頻繁に起こっている。法務省が発表している殺人事件の動向というデータでは2016年に摘発した殺人事件(未遂を含む)のうち実に半分以上の 55 %が親族間殺人。実際に検挙件数そのものは半減している中で親族間殺人の割合は増加している。  殺人事件そのものは減っているのに、親族間の事件は増加している。つまり、 家族、血族、そして他人から親族になった人に対して強く明確な殺意をもたらすほどの感情がむしろ強まっているということがわかる。他人であれば許せるけれども、家族であると許せない。一見パラドキシカルだが、実は、誰もが抱いたことのある感情ではないだろうか。

日本の保守派と呼ばれる人々は、事あるごとに「家族の大切さ」や「家族の重要性」を口にするが、中村淳彦だけでなく、いわゆるセックスワーカーを取材、インタビューした他のライターのノンフィクションを読むたびに、当事者たちの「家族」や「家庭環境」の問題が浮き彫りになっていて、私はいつも「家族」という存在に対して疑問符を持ち続けていた。それだけに、「名前のない女たち 企画AV女優20人の人生」の一人目に登場した結城杏奈の家族に衝撃を受けたのである。ただ、言えるのは、彼女の家族愛は、現在の日本においては極レアなケースに違いないだろう。