世の中はみ出しているものが多い気がするのだ
法からはみ出した葉っぱ
社会からはみ出した引きこもり
シャリからはみ出したネタ
何よりデニムからはみ出たぷにぷに!
(無理して細いパンツ履くなということなのか…)
ごほん!
とにかく、はみ出したものが多いと私は痛感している
いや もちろんはみ出すことが悪いとは思っていない(葉っぱ以外は、だが)
実際、個性や規格外という言葉は悪い意味に取られることは少ないだろう
ただ『規格外』なものは往々にして注目され歓迎されるのに対し、はみ出しものは忌避されるのは何故なのか…?
そういう私も引きこもりのぷにぷに、はみ出しもの!なのである(多分)
親も世間も協調性を大切に、と言うがいったい何をどう協調すればいいのやら
協調を強調して、結局のところ家族の和が乱れる
ふむ、これこそ協調とは言えないのではないだろうか…?
歓迎される規格外を、忌避されたはみ出しものが見上げる格差社会
憲法改正の何たらかんたらに年金問題
色々とゴロゴロ転がっている日本の現状に何も言えない所である
と、話題を少々はみ出てみれば気付いた事がある
はみ出ると着地点が見えなくなるという事に(汗)
整合性、筋道、理想の金型
恐らく、それらを綺麗にまとめようとするとはみ出すものは邪魔になってくるのだ
そして規格外と呼ばれるものは、きっと新しい筋道や金型となるものなのかもしれない
そう考えると、はみ出しものと規格外は別のものになる訳だ
アイスクリームと氷を比べて何になろうか?
つまりは私の僻みはここで羨望へトランスフォームすべきなのだろう
(錆び付いた考え方をムリに変えようとして空中分解しないよう、細心の注意を払おう)