杵築大社では、神事や習慣は社内の規則により行われた。
ところが国造家に、塩冶高貞の姉が嫁に来てから、政治権力が干渉しだした。
国造はそれを利用して、後継者の決め方を変えて、国造が任命しようとした。
54代国造孝時の時代に、後継ぎ争いが起きた。
『出雲国国造家文書』〔村田正志編〕によると、1335〔建武2〕年の孝時の花押のある文書「国造孝時譲状」が残されている。
それには、次の内容が書かれている。
出雲国造名と杵築大社神主職、所領等を〔北島〕貞孝にゆずる。
また代々の古文書も永く貞孝にゆずる。
ただし〔孝時の〕母・尼覚日〔塩冶高貞の姉〕の意見により、兄・清孝に一期だけ国造・神主等の権利を持たせる。
「国造出雲氏系図」によると、孝時の息子に、清孝と〔千家〕孝宗と〔北島〕貞孝の名が見える。
国造出雲氏系図
文書に、孝宗は「五体不具の仁」と書かれているが、彼は外見上は五体不具に見えなかった、と言われる。
孝時の文書等によると、清孝は父の命に幾度も背いた。
また病身であったので、国造の後継ぎに予定していなかった。
しかし奥方・尼覚日の意見を尊重し、貞孝就任前に一期だけ、清孝に国造職を持たせることに、譲歩した。
清孝が国造職に就任したのを見て、孝宗が祖母の尼覚日に、国造になりたい、と連日泣きついた、という。
孝宗に情が移った尼覚日は、次に一期だけ孝宗を国造にさせるよう、国造清孝に指示した。
国造清孝は1343〔康永2〕年、8年の在職後、死去した。
その後、貞孝と孝宗の両者が国造を名のる状態となった。
出雲郡富村〔出雲市斐川町〕の北方、北島村の年貢を管理していた貞孝は、北島国造家を名のった。
また富村の西方・千家村の領地を管理する孝宗は千家国造家と称した。
かくて両国造家の並立が始まった。
つまり出雲国造家は、南北朝時代の1343年に分裂したことになる。
両国造家はそれぞれ自分の家が、本式の国造家だと主張して争った。
1357年に国造北島貞孝が、足利直冬に提出した「申し状」には、兄孝宗は蝕穢(しょくえ)不浄の身」の言葉がある。
また「〔北島〕貞孝は先例に任せて、神火神水を受けた」の語句がある。
『向家文書』「出雲大社社家順名書」には、1396年の記事の終わりに、大社の不浄禁止の説明がある。
大社の上官は、7才より死体に触れないことになっていた。
特別に国造は15才になると、死霊に穢れぬことを自分から神に誓い、不浄は許されないことが、古い昔からの神法の伝統であり、ホヒ(穂日)の命の秘伝でもある。
父・孝時が死去したとき、〔千家〕孝宗は悲しみのあまり、父の死体に抱きついて泣きじゃくった、と言う。
普通の家では、親への情愛の深さを褒められるかも知れない。
しかし、大社神職の不浄の掟を破ったことになった。
それを聞いて大社内の神職は、孝宗を国造にも上官にもなれない身だと考えた。
ところが祖母・尼覚日の孫偏愛と社法無視により〔千家〕孝宗が国造になった。
「神火神水を受ける」とは、神魂神社において、火切り臼と火切り杵を受け取り、真名井神社の神主が持参する真名井滝の水での神事を受けることを意味する。
これらが出雲国造に就任出来る、古来の必要な神事とされた。
千家孝宗は、この神事を受けていないので、非難された。
「両国造和睦状」〔正式名称「社頭向両国造定」〕は、1224年に書かれた文書で、それによると大社の神事と領地の混乱が、80年ぶりに回避されることになった。
一、年間を6月ずつ分担して、神事を主催すること。
(閏月については、15日ずつ分担すること)
一、一国造時代に上官が7人いたが、上官を3人ずつ各国造に分けること。
別火上官は、双方の国造に属すること。
・・・
一、元旦から正月7日までと、三月会の一番饗と二番饗、その他の小祭は、今までの
ように千家国造が執行すること。
一、三月会の三番饗と5月5日、9月9日御頭、その他の小祭は、前のように北嶋国造
が執行すること。
一、社の領地は、各国造に半分ずつ分けること。
・・・
応永31〔1424〕7月 日
国造千家 高国
国造北嶋 幸孝
両国造と社頭の三者の話し合いで、この定め書きが作られた。
これは社頭家の下書きである。
すなわち神事を執行する国造を、月別に北島家と千家家に決められた。
偶数月の神事は北島国造が行い、奇数月の神事は千家国造が行うようになった。
しかし、奇数月に賑やかな祭りが多かった。
それで、微調整が行われた。
また領地は両国造家が、半分ずつの所有となった。
社頭が仲裁し、両国造家が署名した文書が作られた。
出雲大社の境内摂社に、御向社がある。
これは向家の祖神が祭られていたが、後に大国主命の后神に変えられた。
御向社〔出雲大社の境内摂社〕
出雲大社の前に向家の領地と屋敷があったので、後には向かい側の家だから向家だと、言われるようになった。
社頭向の表現は、その影響で使われている。
さぼ