この映画は、アトランタのエモリー大学教授で現代ユダヤとホロコーストについて教鞭をとるユダヤ人女性デボラ・E・リップシュタットが1995年に出版した「ホロコーストの真実・大量虐殺否定者たちの嘘ともくろみ」で、ホロコーストはなかったと主張する英国人の歴史学者デイヴィッド・アーヴィングをホロコースト否定論者であり、偽りの歴史を作り上げた人種差別主義者、反ユダヤ主義者であると断じたことが名誉毀損だとして、アーヴィングが1996年9月、英国の王立裁判所に訴えた民事訴訟「アーヴィングvsリップシュタット事件」の実話に基づいて製作されました。

デボラを演じるのは、「ナイロビの蜂」等で有名な美人女優のレイチェル・ワイズ。
アーヴィングを演じるのは、「ターナー 光に愛を求めて」で光の画家・ターナーを演じた英国の名優ティモシー・スポール。

なぜデボラが住む米国ではなく、英国の王立裁判所に訴えたのか?
米国では「有罪と証明されるまでは無罪」(疑わしきは罰せず)という米国の法的心情により原告側に立証責任がありますが、英国の名誉棄損訴訟では米国とは逆の被告側に立証責任があるからです。

つまり、アーヴィングが優位にたてると判断し、英国での裁判を提起しました。

なぜ陪審制ではなく一人の裁判官の審理に?
これは被告側からの要請なのですが、アーヴィングの素人受けする演説により、審理中の思考に影響を受ける陪審員が出てくる可能性があるからです。

アーヴィングはこの申し入れをあっさり承諾しました。

それだけ自信があったのでしょう。

また、歴史学者の長年にわたる研究成果を、素人には理解しにくい事情もあったようです。

 

ヘビ

朝日新聞は昨年12月『徹底検証「森友・加計事件」朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪』(飛鳥新社)によって名誉を棄損されたとして、同書の著者で文芸評論家の小川榮太郎氏に対し、5000万円の損害賠償を求める訴訟を提起しました。

これに対し、同氏は「一個人を恫喝するのではなく、言論には言論で勝負していただきたい」と回答しました。

産経新聞論説委員の阿比留瑠比氏は、「報道・言論機関でる大新聞が自らへの批判に対し、言論に言論で対抗することもせず、あっさりと裁判所へと駆け込む。

何という痛々しくもみっともない自己否定だろうか」と批判。

更に徳島文理大・八幡和郎教授は、「名誉を回復したいということが目的でなく(中略)個人や弱小出版社などが、朝日新聞を始めとするマスメディア集団を批判すること自体をやめさせようとすることが狙いとしか合理的には理解できない」と批判しました。

 

ヘビ

日本国内の言論抑圧訴訟とは比較にならないほど、本作が描くそれは世界的な大訴訟。

英国で本格的法廷闘争に望めば、その費用は膨大な額になるはずで、更に、そもそも立証責任が転換されている本訴訟でデボラは勝てるのか?

映画では広い人脈を誇るユダヤ人組織にまず相談するデボラの姿が描かれます。

ところが、英国のユダヤ人コミュニティの指導者はこぞってデボラに対して和解による解決、つまり名誉棄損を認め、一定の和解金を支払うことで円満・早期に解決することを提案してきたのです。

感情先行型で独立独歩、何事も自分でやらないと気がすまない負けん気の強いデボラはそこから「徹底抗戦」を決意し、弁護団選びに入ります。

 

ヘビ

弁護士の坂和章平氏は「いま、法曹界がおもしろい!」(04年・民事法研究会)で、弁護士を「依頼者迎合型」と「依頼者説得型」に分類しています。

 

ヘビ

 

英国には法廷弁護士(バリスター)と事務弁護士(ソシリター)があり、その役割は決定的に違いますが、本作に登場する両弁護士は両者とも依頼者説得型です。

特に、事務弁護士はホロコースト被害者のユダヤ人の声を法廷に持ち込もうとするデボラを厳しく批判。

そればかりか、法廷で自己の主張をまくし立てるアーヴィングとは対照的に、法廷弁護士が法廷での彼女の発言を禁じたから、デボラの心の中には弁護団不信の芽も。

本作中盤は、そんな視点で依頼者と弁護団との信頼関係のありかたが見所です。

しかし、アーヴィングへの質問で見せる、法廷弁護士のなんとも鮮やかな尋問テクニックとは?

また、アウシュビッツ収容所を事前調査したことの意図は?

なるほど、ここまでわかればデボラの弁護団に対する信頼は揺るぎないものに。

本作に見るアーヴィングの「ホロコーストはなかった」「ガス室はなかった」等の主張やそれを裏付けるための「強制収容所のガス室は遺体の消毒のための部屋だった」等の主張を聞いていると、自分でも「なるほど」と思ってしまう説得力があります。

 

ヘビ

 

よく考えればこれは「南京大虐殺」や「従軍慰安婦」問題等、今なお「論争」が続いている歴史的認識問題と同じような論点かもしれません。

 

もっとも、南京・・はプロパガンダ、従軍・・はファンタジーですがね。

脱線しました。

 

ヘビ


本作中盤の法廷シーンにおけるアーヴィングのアジ演説ぶりを見ていると、本人訴訟を立派に遂行している彼の弁論術や訴訟戦術にも大いに感心させられます。

しかし、約三年半の準備手続きを経て、2000年1月から始まった公判が10日過ぎ、20日過ぎてくると、さすがにアーヴィングとデボラの強力な弁護団との力量の差が歴然と・・・。

王立裁判所の裁判長は一人で連日、見事な訴訟指揮を続けていました。

両弁護士は審理状況を有利と読み、終盤に向けて気を引き締めていましたが、公判32日目、裁判長が突然「アーヴィングの意図的な資料の改ざん・解釈は反ユダヤ主義とは関係ないのではないか」と述べ、さらに「反ユダヤ主義が信念を持つ発言なら、嘘と非難できないのではないか」と述べたものだから、被告側は唖然とします。

この裁判長の発言をどう理解すればいいのか・・・。

裁判長の発言を額面どおり受け取れば、ひょっとして本訴訟は被告敗訴?

一気にそんな心配が広がりましたが・・・・。

32日間の審理終了から、約一ヶ月半後の4月11日に言い渡された判決は333項に及ぶ力作ですが、両者に配慮してなのか、判決文に結論は書かれておらず、ただ一言「当法廷は被告側に有利な判断をくだすものとする。」と。

なにが真実かを発見することはそれだけ難しいということですね。

ちなみに、本訴訟の弁護士費用は200万ドル(約2.3億円)ですが、スピルバーグ氏をはじめ、世界中の人々がそれを支援してくれたので、デボラと弁護団はウィンウィンの関係に。それに対して控訴審まで闘ったアーヴィングの方は破産宣告を受けたそうなので、その明暗はくっきりと・・・。

判決後に行われたデボラの記者会見。

支援者並びに弁護団への感謝を述べた後、記者から「アーヴィング氏へ何か一言」と振られたデボラは、彼に対してではなく、ホロコーストの死者及び被害者に向けての言葉が素敵でした。

 

「あなた方は記憶され、その苦しみはすべての人々に届いた」と。

ラストシーン、ホテルから夜のジョギングに出かけたデボラが途中、立ち止まって見上げた先には、暗闇に浮かび上がる銅像が・・・。

 

 

戦士女王ブーディカ

 

 

 

デボラは、なにか決意したように見えました。

 

 

さぼ