根源的な状態というのはすべてであり同時に無です。

 

ですがこの無というのは絶対的な無ではなくすべてを内包しています。

 

この内包しているすべてを実現する手段が観念による現象化です。

 

 

根源的な状態は観念を通して「私」と「私以外」とに二分化します。

 

そして二分化された「私」と「私以外」とが相寄ることで「私」という状態が生じます。

 

「私」は「私以外」と相寄ることにより存在するということを自覚します。

 

これにより「私」と思っている根源的な状態と「私以外」と思っている根源的な状態とが再会します。

 

根源的な状態は「私」でもあり「私以外」でもあるのです。

 

ここに「すべて」が実現します。

 

 

この「すべて」を実現するための手段が観念です。

 

この観念も根源的な状態に内包しています。

 

 

つまり根源的な状態はすべてであると同時に無である。

 

そして根源的な状態は自身に内包する「すべて」を実現するために観念を通して現象化しているということです。

 

 

決して退屈だからとか存在してみたかったからということではなかったのです。

 

根源的な状態は「私」を通して「すべて」を実現しようとしているのです。

 

だから「私」が生じたのです。