私は以前から自分の二面性に気づいてはいました。
ですがそれがこの頃顕著に出て、例えばひとつのポジティブな思いを発したら正反対のネガティブな思いも同時に出るという状態になることがよくあります。
このネガティブな思いが常軌を逸しているのです。
私は自分が狂っていることに気づきました。
統一された表面的な人格とは別に統一されていない、支離滅裂でかつ狂っているものが私のなかにはあります。
これがエゴと呼ばれるものなのかなと思います。
私が苦しいのはこのエゴがことあるごとに私に迫ってくるからです。
私はエゴを自分とは別のなにかだと思ってこれが私のなかに居座ることが苦しかったのです。
ですが統一された表面的な人格は、統一されていない、支離滅裂な狂気じみたものなしにはありえません。
ひとつのものが対極的に分かれ、それらが互いに相寄ってそれぞれをあらしめている。
一方があるとき、他方は隠れてそれをあらしめる。
これが二元的なあり様です。
二元性にはふたつの側面があります。
ひとつは相反するという側面。
もうひとつは相寄るという側面です。
エゴが人びとにこれほど憎まれているのは相反するという側面がフォーカスされているからでしょう。
あまりにも忌み嫌われたがゆえに、エゴは排除され自分とは別のものとされてきました。
そしてエゴを排除したものは、エゴという自分とは別のものと思っているものにことあるごとに迫られて苦しんでいます。
二元性のもつもうひとつの側面である相寄って成っているという側面にもフォーカスしてエゴをみるべきだと思います。
それによってどうなるのかはわかりませんが、相反するという側面のみでエゴをみるのは不十分のように思います。
相反すると同時に相寄るのが二元的なあり様だからです。
おそらくエゴは私たち個々人の統一された表面的な人格を陰で支えています。