年明け頃に書いた記事はちゃんとしていたのに、この頃の記事タイトルで年月日を入れているものが全部「R元」年になっていたことに気づいて直しました。

ボーっと生きてんじゃねーよ! って自分にカツを入れておきますぼけー

 

今年の「市川雷蔵映画祭」の後に付けている数字は、映画館に出掛けた回数です。あまり意味は無いので後日数字のところを映画タイトルに換えて、記事カテゴリも「市川雷蔵さん」に移そうと思います。

 

さて、今日観たのは「婦系図」。過去、DVDで鑑賞していた作品です。

画像はamazonの商品ページから。

 

さっそく ムービーウォーカーさんのあらすじのコピーを

 

帝大教授酒井俊蔵の恩情で立派な教育を受けた早瀬主税は、兄妹のようにして育った酒井の娘妙子が自分に恋をよせているのを知り、これを受けては義理ある先生にすまぬと、酒井家を出た。そして魚屋[めの惣]の世話で、かねてから恋仲だった柳橋の芸者お蔦と、先生には内証で世帯を持った。

 

かつての酒井先生の情人で、妙子の実の母であるお蔦の姉芸者小芳は、身分違いの恋の不幸を主税に説くが、主税は、芸者を妻にするのが出世の妨げなら出世せぬまで-と、初志を変えない。

ところが、ふとしたことで主悦に恨みを持つ、静岡の権勢家の息子で同窓の河野英吉は、さまざまな策動をして主税をスキャンダルにまきこみ、さらにお蔦のことを酒井先生に告げて処分を迫った。酒井は主税をかばいつつも、お蔦とは別れさせるといわざるを得ない。

 

酒井から、俺か女かどちらかを選べと迫られ、主税はやむなくお蔦と別れることを決心し、散歩にことよせてお蔦を湯島境内へさそった。思いもかけぬ別れ話にお蔦は歎き悲しむが、ついに得心して身を引くことを承知した。

そして、髪結いをしているめの惣の家内のところで、すき手として働くことになった。

 

河野の卑劣な行為を怒った主税は「めの惣」から、河野の当主の夫人がお抱えの御者と密通し、子までなしたいきさつを知り、この事実をもって復讐しようと、静岡へ去った。河野一家に接近してドイツ語私塾をひらいた主税に、政略結婚で河野家の不幸な娘はぐんぐんひかれてきた。その娘に、主税は母親の秘密を暴露する。

 

それを立聞きした夫人の銃弾で、主税は重傷を負い、病床の人となった。

一方、お蔦は風邪をこじらせて死の床にあった。たまたま訪ねた妙子の連絡で酒井も駈けつけた。酒井の命令で、「めの惣」が静岡に飛ぶが、主税は帰らない。

「芸者にも真実な女がいますよ」と、お蔦は酒井に訴えて息絶えた。

 

ようやく傷のいえた主税は、河野家の当主が夫人を射殺した日、東京へ帰った。今は亡きお蔦との思い出深い湯島天神にたたずむ主税の背に、梅の花が散った。

 

何年か前にDVDで観たこの作品ですが、映画館で観て良さが判りました。

衝撃的な一場面は、観て記憶が甦りましたが他はほとんど内容を忘れていたことは結構ショックだったりします真顔

映画を観るために購入した(当時は)52型のテレビだったのですが、画面が少々大きくてもワタクシへの効果は思うほど無いみたい。

 

この映画、「婦系図」の小説を読んでいなくても、聴いたことのある台詞がたくさん出てきます。

一番有名なのは

「お蔦、俺と別れてくれ」

「別れろ切れろは芸者のときにいう言葉、今の私には『死ね』と言って下さい。でしょうね。

主税のために芸者を辞めて、今は字も読み書き出来ない、家事も知らないけれどそれを身に着けたら主税の妻に・・・・と二人で幸福にくらしていたものを引き裂かれるときの辛さ。

この場面は本当に観ていて辛いけれど、主税の「別れるけれど、心はずっとおまえと共にいる」の言葉でそれまで取り乱していたお蔦が別れることを承知します。

「これからどうやって暮らしていくんだ」と訊ねる主税にお蔦は「私は手先が器用なほうだから、髪結いのところにいって手伝いをしながら生きていきます」と元の芸者に戻らないことをいう場面も、幸せになりたかった願いが叶わなかった悲しさが観ているほうに迫ってきます。この別れの場面が二人の愛が昇華したとも言えなくも無いところですね。

 

別れたあと髪結いになったお蔦が病を得て世を去ろうとしているときに、主税の師である酒井は二人の中を許し静岡にいる主税に使いを出しますが、「蔦は僕が帰らないことを知っています」と言ってお蔦の病床には行きません。お蔦も死の床で「あの人はここには来ません」と知っています。

 

それより少し前の場面、主税が「僕の可愛い蔦が、自分が結えなかった丸髷を結って、一つ結うたびに涙しているんだ」と言うところがあります。ワタクシはそこでまたグッときますプンプン

 

 

酒井が「あの時に別れさせたが、蔭でこっそり逢う分には許すつもりだった」と言いますが、「そういうものではないんです」とお蔦はいい、いずれ世間をはばからずに胸を張って二人で歩けるようになりたかったからこそ自分は日陰の暮らしも出来たんです」と。

 

雷蔵さんの映画をたくさんみていくと、相手役の女優さんで『残念』だと感じることがあります。女優さんでなくて脚本とか演技指導でそうなっている場合も含めて。

 

今回は万里昌代さんが相手役で良かったなぁと思いました。

筋運びのテンポも、周りの俳優さんも、カメラワークも良くて、この作品はお薦めです。

 

by マヌカン☆

 

前日、映画祭を知ったばかりの雷蔵さんと同じお年の女性が来場したことを書きましたが、この「婦系図」を観て帰る道で年配の女性に「この辺りに映画館があると思うのですが」と訊ねられました。

もう映画祭も終わりに近づいた頃になってようやく知ったという人を続けて見たので、昼間のテレビででも採り上げて広告宣伝してくれたらよかったのに・・・・・・と思うワタクシです。

Twitterや、インスタグラム、Facebook、こういうものと縁のない人もいるのだから。