確定申告を早めに終わらせておいてよかった…!
確定申告に限らずですが、早め早めに動いておいて悪いことはないですね。
2月はこの3連休だけ2日休みをとっていて、ここまでは連勤が何日続こうとがんばろうと気を張っていました。本業が信じられないくらい忙しくて、休みなく働いていたのでさすがに体調を崩したのですが、あまりの体調不良ですごく早く寝た日の夜に母から電話がかかってきて父が入院したとのことでした。2月は28日しかないから、早く寒さも和らいでほしいし、あっという間に過ぎてほしいと願っていたのに、とても濃い先週1週間でした。
不思議だったのが、病院に通っていたので、働いた時間はトータルで数時間短かったのですが、その短時間でいつもよりも仕事量を多くこなすハメになりボスにももう1人の秘書にもイライラし、本当に疲れたのですが、働いた時間が短いこともあったのか、またいつもみたいにギリッギリまで働いて、急いで帰って買い物して帰るというスタイルじゃなかったからそれがよかったのか、毎日頭痛はするようになりましたが、身体の方がこんな生活の割に大丈夫でした。夕食前にいつもより数十分時間があるというだけで、心が楽だったというか、大丈夫ではないのですが、乗り越えられました。
ドタバタなのでシゴデキってかんじではないのですが、トータルでは報酬以上の仕事を本業でもバイトでもどの場所でもやってる自負があります。
ただ、評価をされる場所がないので、それが転職活動になり、転職活動はわりと失敗しているので、自信がない。
父が入院して毎日お見舞いに行っていて、3連休の予定を聞かれて、とうとう親にもバイトしていたのとをカミングアウトしました。
夫に言わないで2年近くを過ごして、2年半過ぎて親にも言うことになったわけですが、言わなかったのはまずは自信がなかったからです。体力とメンタルで。すぐやめることになるかもしれないから、それなら余計なことは言わない方がいいと判断して言わない→バイトのせいで家事がおろそかになったと怒られなくない(なので意地でもごはんはちゃんと仕上げる)→バイトをやめるわけにはいかないから夫にカミングアウトしてシフトを増やし、でもそれで疎かになったとバイトを否定されたくないからごはんは手抜きでもなんでも、とりあえず形にしておくに変わり、夜ごはんのメニューを考えるスピードも、スーパーの買い物のスピードも、準備するスピードもすべてとても上がりました。これが、『時間がタイトになったことによる』いい意味での変化と捉えていました。
母からは両親の体調を気遣う連絡がないと、かねてより言われていましたが、毎年母の日父の日にはうなぎとお肉のギフトを送っており、とうとうそれすらいらないから連絡をよこせとキレられ、母には以前暴言を吐かれまくったことがあって、こわくてトラウマなのですが、バイトのカミングアウトによって、やっぱり後になってごにょごにょ言われて、それが嫌だから言わなかったんですよ、と改めて思いました。
わたしも40を過ぎましたので、わたしには無理だとか、やめたほうがいいんじゃないかとか、あれこれ言ってくるのも、心配してくれているということだろうと思えるようにはなってきましたが、頭ごなしに否定されるのは気持ちのいいものではありません。
昭和的考え方というか、人さまの前では自分の子供のことは謙遜するのは普通かなと思っていたのですが、夫の家や、これまで付き合った人のおうちにお邪魔したときに、必ずしもそうではないことを知り驚いたことをおぼえています。
また、以前母に暴言を吐かれたと書きましたが、それは父がジムで好きな人ができたことによるもので、わたしたち娘は無関係どころか勝手に巻き込まれただけですが、『あんなクソジジイの娘』呼ばわりをされて、何度も電話がかかってきて、出ないと逆上されて、電話越しに怒鳴られて、30過ぎていましたが、トラウマにならないわけがありません。
ただ、もし今そのことを母につらかったと訴えたとしても、母は、それはすべて父のせいだと自分に非がないと本気で思い続けています。それで、毒親だったのかもしれないと思い始めました。母は父が大好きなので、ショックだったことも悲しかったこともわからないことはないのですが、だからと言って、おさまらない怒りを他人にぶつけるのは違うのですが、そのことがわからないようです。怒りをうまくコントロールできなくてつらかったとは思うのですが、それをやろうとしないで、思うがままに暴れていました。夜中の3時に突然怒り出して、大声で怒鳴って、わたしは逃げるように一人暮らしをはじめました。そのときも母を見捨てていくんだみたいなことは言われていましたが、睡眠が妨害されると健康に支障がでるので、それはわたしがおかしくなってしまうと思って、父と姉に相談して、思い立って1週間ほどで引越しを決めてしまいました。
話してもわかってもらえず、なんなら後になって、あの時あのように言われたけれど、お母さんは〇〇だ、みたいなことを後になって怒りとなって言ってくる…こわいからふかく関わりたくないです。
昨年の秋には、親の介護をしたくないってことだろとブチギレられました。自分の老いを認めているようで認めず、将来的には介護マンションに入って迷惑かけないようにするからね、と頼んでもいないのにずっと言っていて、いざ、じゃあどういうときに入ろうと決めてるの?と聞いたら、そのときは冷静に話していたのに、あとから長文の怒りのLINEがきました。
わたしだって、こんなに休みなく働くのはしんどいので、もう少し収入のある仕事を探そうかと思わないわけでもない。ボスと秘書がふたりともわがままだなと思うことも多々あるので、それはわたしの考え方なのかもしれないのですが、ストレスフルなので。
ただ、勇気を出して、フリーランスとして踏み出して、仕事は楽しいし、こういう生活になって学んだこともたくさんある。お金を稼ぐ大変さも、こういう生活になったからこそ、よくわかるようになって、お金の使い方も考え直すようになった。銀行を辞めていなければとか、たらればを言ってもキリがないし、とりあえず今置かれた環境を悲観せず、楽しい方に楽しいように考えているのに、そして、希望を捨てず、こっちの生き方を正解にしようとしているのに、『働くのが楽しいのは羨ましいですが』『そんなに働かなくたって』『扶養に入ればいいのでは?』とか言われるのです。あなたとは生きてる時代も状況も違うんだと喉まで出かかってるのですが、言ったら何倍も攻撃されるのが目に見えているので、ダンマリを貫こうと思います。
母は、わたしのことを考えて良かれと思って言ってくれているのだと思うのですが、納得できないとずっと言ってきます。それから、暴言を吐かれまくった傷は一生消えないし、母の自分を悲劇のヒロインにして貧しくてつらかった話とかどれだけまわりを嫌な気分にさせているのかが理解できないというか他責思考なので自分は悪くないの一点張りで…こんなに言葉にしたのは初めてですが、事件があってからもう10年くらいになりますが、ずっとこの悩みを抱えています。
親御さんとうまくいっている人から、盆暮正月に会わなかったなんて、変なのって言われたことがあって、それもわたしにとってはグサリときた言葉で、お正月は会うのですが、まあそれだけでは足りないと思われているようです。でも干渉されてあれこれ言ってこられて、納得できないと電話とかしてきて、もうこわいんだよー。今回父が入院したこともあり、蓋をして、なにか言われても言わせて何も言われなくなるのを待つみたいなやり方ですごしてきたことが、それではすごせなくなってくるというか。
育ててもらったこと、母は自分の時間を犠牲にして家族のためになんでもやってくれたこと、中学受験と大学受験させてもらって、中学から私立の学校通わせてもらったこと、本当にありがたいって心から思っているのです。でもその感謝の気持ち以上に、ネガティブなエネルギーが強すぎて母も苦しいんだとは思うのですが、そのネガティブをわたしに向けないでほしいなと思っています。ネガティブになろうとすればいくらでもネガティブになれてしまいますが、わたしはネガティブループから脱却できたので、人は変われると思っているのですが、変わろうとしないどころか子どもを巻き込もうとしてくる…
これまでの傾向から、人が弱っていたり人に頼られると俄然力を発揮する人なので、そうすると自分の不幸さが気にならなくなるみたいなのですが、そういうわかっている性質を利用して、距離感を保っていきたいと思っています。