「クリアの兄」
「なに、グレムトンが死んだだと」
「ああ、そうだ」
「間違いないのか、グレムス」
「カリヨンが言うんだ、間違いあるまい」
「カリヨン」
「ええ、数時間前にグレムトンの魂がこの世から消えたわ」
「そんな馬鹿な、あいつは下級悪魔ではないぞ、我々と同じ8魔将とは言わないがそれでも上位悪魔の一体だそ。そんなモノを誰が倒すと言うのだ」
「分からないわ。ただ数日前にもラズドリアのダンジョンに潜っていたヤヌーの魂も同じように消えたわ」
「あいつは確か双頭の魔物の肉体に憑依してたんだったな」
「ああ、そうだ。あんな魔物なんかに憑依しよって、だから魔族にしておけと言ったのに」
そう言い合っているのはある山の奥にある悪魔の居城の中の幹部の会議室での事だった。
「そう言うな、今魔族は何処にいるか分からない希少種だ。それ以外に憑依するしか実体化は無理だろう」
「まぁそれはそうだが。しかし腑に落ちんな。グレムトンは誰にやられたのだ。そんな事の出来る者がこの世界にいると言うのか」
「わからん。しかしあの女なら」
「あの聖教徒法国の護神教会騎士団の団長とか言う女か」
「そうだ。まだ小娘だと言うのに途方もない力を持っていると聞いたぞ。あいつの為に中位悪魔の何体かは葬られたとか」
「そいつの事は聞いている。いずれは葬らねばならぬ相手だ。しかしそいつに上位悪魔が倒せるのか」
「わからん。わからんが無視出来ぬ相手である事は確かだ」
「しかしグレムトンがいたのは聖教徒法国ではない。北欧連合国のバルーシア共国だぞ」
「確かにそうだ。では一体誰が」
その時もう一人の女の悪魔が名乗り出た。
「私が調べてみましょう」
「カロールか。しかしお前、依り代はあるのか」
「大丈夫です。もう既に用意してあります」
「そうか、では頼む」
「わかりました」
ゼロとクリアは戦場を抜けてバルーシア共国の王都へと向かっていた。しかしその間にも戦場のキャロル峡谷では飛んでもない事が起こっていた。
死んだ兵士の多くの魂を食った悪魔達が人間の体を依り代としてこの世界に実体化していたのだ。悪魔は精神生命体なのでこの世で動くには依り代が必要となる。しかも多くの魂を供物として取り込まなければならなかった。
幸い戦争と言うのは多くの人の命を奪う。魂の狩り入れ場としては最適な場所だ。いやむしろその為に戦争を起こさせたと言っても過言ではなかった。この時5000人の魂を供物として50人の悪魔がこの世に現れた事を知る者は誰もいなかった。
悪魔一人に100人もの人の魂を供物としたのだかなり強い悪魔が誕生していた。そして悪魔達は戦争の混乱に紛れてこれもまたバルーシア共国の王都へと向かっていた。
ただ悪魔達がおかしいと思ったのは、この場の現場指揮官である上位悪魔の一人、グレムトンの意識が近くになかった事だ。だが最終的にはバルーシア共国の王都にいる総司令官の元に向かう事になっていたので各自王都へと向かった。
ゼロ達もまた似たような目的で王都を目指していた。
「クリア、あの悪魔を見た時どう感じた。魔族の意識はあったか」
「いいえ、魔族としての体質はありましたが精神は完全に崩壊し悪魔に取り込まれていたようです」
「そうか既に一体化していたか。そうなるともう元には戻らんな」
「はいです。送ってやるのがせめてもの慰めだったでしょう」
この国は規模としてはそれほど大きくはない。特に鉄鉱石の様な鉱山資源が採れる国らしい。
だから武器などの開発が進んでいるし、この国にはそれらを製造するドワーフも多く住んでいると言う。そう言う意味では亜人に対してもある程度は寛容なんだろう。
だからと言って戦争を推薦している訳でもないだろうが、もしそれが理由だとしたらあまりにも稚拙な思慮だ。
キャロル峡谷の戦争地帯からバルーシア共国の王都までは馬車で10日程かかる。しかしバルーシア共国軍の指揮官と副指揮官を失くした今、バルーシア共国軍に作戦遂行の意思はないだろうとゼロは思っていた。
恐らくは一旦撤退して王家の判断を仰ぐだろう。それなら何も急ぐ必要はない。ここはひとつのんびりと王都へ向かうかとゼロとクリアは歩いていた。
戦争状態の国をこの様にのんびりと歩くと言うのもまた大胆と言うか、無頓着な二人だがそれでもゼロはその都度所々の様子はきちんと見て把握してた。
宿場町を幾つか通り過ぎたがやはり成人男子の数が少なかった。宿屋の主人の話では戦争に駆り出されて色々な所で労働不足が起こっていると言っていた。
まぁ無理のない話だ。しかもこれほど頻繁に戦争をやられたら人的被害に人的損耗は後を絶たない。何故こんな事をやるのか。どうやら今の王様になってから戦争が頻繁になったと言う。
先代の王は体調を崩して今の王、第一王子が後を継いだらしい。それにしても不思議だと皆は言う。前はあれほど好戦的な人物には見えなかったと。
もしかすると悪魔が取り付いたかとゼロは思っていた。どっちにしても会えばわかるだろう。それにこちらにはクリアがいる。魔族は先天的に悪魔の見分けが出来るらしい。その逆もまた然りで悪魔に見つかれば依り代にされやすい。
その為ゼロはクリアに意識隠蔽操作をやらせた。魔族としての意識を隠そうと言う事だ。クリアはその操作を順調にこなしていた。これなら余程の高位の悪魔がいない限りクリアが魔族だと露見する事はないだろう。
その日はスールムと言う村に泊った。そこは小さな村だった。ただゼロは少し気になる事があったのでそこに泊る事にした。小さな村だが一軒だけ宿屋があった。こんな所でも泊る客がいると言う事だろう。
「ゼロ様、どうしたんですかこんな所に泊るなんて。何かあるんですか」
「さーどうだろうな」
「僕には何も感じないのですが」
「かも知れんな。これは俺の勘の様なものだ」
「勘ですか。よくかりません」
「わからなくていい。何もなければそれでいいだけの話だ」
「わかりませんがわかりました」
宿屋で部屋を取りゼロは最近ここに泊った客はいるかと聞くと、3日前に一人の泊り客があったと言った。その客は冒険者風だったと。ただおかしな事に3日分の宿泊費を払ったのに3日目は帰って来ずそのまま何処に行ったかわからないと言った。
ゼロはまたこの辺りにダンジョンはあるのかと聞いたがダンジョンはないと言う話だった。ただ西の山にもう廃坑になった鉱山跡があるとか。
「クリア、明日はその廃坑に行くぞ」
「ゼロ様、何をするんですか。鉄鉱石でも拾いに行くんですか」
「まぁそんなところだ」
翌日の朝早くからゼロ達は宿屋の主人に教えてもらった西の山に向かった。その山はそれ程険しい岩山ではなかった。しかしそこまでの森に少し異変があった。
普通こんな長閑な田舎の村の周辺の森などに大した魔物が生息する事はない。しかしゼロ達が出会った魔物は全てがCランク以上、中にはAランクに届く物さえいた。普通ではありえない事だ。
それにあちこちに魔力溜まりが出来ていた。何があった。誰かが何かの実験でもやったのか。それとも自然に出来たものか。ゼロとクリアはそれらの魔物を狩りながら進んで行った。
最近ではクリアも手際が良くなって一発で魔物を仕留めていた。大物魔物と言えども魔弾丸で一発だった。攻撃されても当てられる事もなく全てをかわす技術が身に付いていた。
今のクリアのレベルはAランク上位、もしくはSランクに届くかもしれない。ただしあくまで守りの技法だが。
「ゼロ様、ここは一体なんなんですか。森のダンジョンですか」
「そうではないはずだがそうなりつつあるのかもしれんな」
「それって一体誰が」
「問題はそこだ」
遂にゼロ達は森を踏破し岩山に辿り着いた。中腹には大きな横穴が開いていた。そこから鉱石の発掘を始めたんだろう。ここでは何が採掘出来るのか。宿屋の主人の話では鉄鉱石だと言う事だった。
それほど高価な鉱石ではなかったので村も然程発展しなかったようだ。ミスリルやアダマンタイトと言った貴重な金属が採掘出来れば村ももっと発展した事だろう。
洞窟の中はそれほど広いとは言えなかったがトロッコの様な物を動かしたのだろう。レールが敷かれていた。それ後を辿って奥に入って行くと突然広い空間に出た。
これは人の作った空間ではない。自然のものかもしくは誰かが何かの力を使って作ったのか。その中に足を踏み入れてみると何か異様な感覚が襲って来た。一種の圧迫感の様なものだ。中心部に行くほどその圧力は強くなった。普通の人間なら立ってはいられまい。
「ゼロ様、これは・・これは降魔石の魔力です」
「降魔石、何だそれは」
「悪魔を寄せ付けないようにする一種の結界魔界を作る石の事です。僕達魔族が良く使うんです。悪魔から身を守る為に」
「つまりここには悪魔がいるかいたと言う事か。なら誰が使った」
「ゼロ様、向こうに人が倒れています」
中央の端に人が倒れていた。服装からして冒険者の様に見える。しかも細身の片手剣を手にして。何処かで見た事のある剣だとゼロは思った。
しかしそれよりもかなり怪我をしているようだ。まだ息はあるがもしかするとかなり危ないかも知れない。それでも体の下にはしっかりとクリアが言った降魔石と言うのを抱きかかえている様だった。
しかしゼロから見てもその魔石の魔力は今にも尽きようとしていた。恐らくゼロ達が感じたのが最後の魔力の輝きだったのかも知れない。
「おい大丈夫か!」
「しっかりしてください。大丈夫ですか」
辛うじて顔を上げた男を見てクリアは目を見開いて驚いた。
「お兄様、お兄様じゃないですか。僕ですクリアです。わかりますか」
「クリア・・・クリア、な、何故・お・ま・えがここにいる」
「お兄ー様!」
「伏せろ、クリア」
その時洞穴の中を一陣の魔風がよぎった。もしその魔風に当たっていれば意識を持っていかれたかもしれない。
「ほほほほ、これはこれは驚きました。まさか二体の魔族が手に入るとは思っても見ませんでしたよ。さっきまでは降魔石の魔力で近づけなったのですがどうやらその魔力も尽きたようですね」
「クリア、逃げろ。あいつは悪魔だ。しかも8魔将の一角、ザルピンだ」
「お兄様」
「とてもお前にどうこう出来る相手ではない。ここは俺が命に代えても何とかする。だから逃げる」
「ほほほほ、その死に体で何が出来ると言うのですか。素直に私の依り代になっていればいいのですよ。そうすれば弟も苦しまなくて済むのです」
「そろそろ茶番はそれ位にしてもらおうか」