ただいま、みーちゃんをお見送りして、駅まで送ってもらって電車を待っているところです。
行く途中、虹の橋のお話を再度読んで、少し涙が出ました。
ペットの葬祭場に着くと、テキパキした男の方が出迎えられ、終始テキパキされていて、拍子抜けのような、、
みーちゃんをきれいに台に安置して、食べ物も紙コップに移して頂いて台に乗せて、たくさん撫でて、言葉をかけ、写真も撮らせてもらって(あとで見返す気は起きないだろうけど)お見送り、、
1/8 14:52に、みーちゃんはお空にのぼり、ハムランドへと旅立ちました。
炎がともされて手を合わせている時に私のスマホのアラームが鳴り、「なんでこんな時に!」と、一瞬集中が途切れましたが、それでよけいにせつない思いをしなくてすんだのかもしれません。
待つあいだ、息子と、どのように慰霊をするかでさんざん話し合い…
息子は、そこにあったカプセルが透明ではなかったので、ネットで透明のカプセルを買ってその中にみーちゃんから少し分けてもらった毛を入れたいというので、そこで買うのはやめて、ネットで探しました。
そして、さんざん悩んだけど、やはり、お骨を適当にポンと置きたくはない、場所を作ってきちんとご供養したいと…
息子は、後飾り棚が紙で安っぽくて最初はいやがってたけど、木のとかちゃんとしたものを買うと、もっとお金も場所もいる。
そこに見本であったのがピンクでかわいかったので、後飾り棚とピンクの仏具を買うことにしました。
今、昨年の春に片付けをしてから、神棚が部屋の奥まった衣装ケースの上に一応って感じで置いてあり、拝んでいません。やっと、1/5に初詣で破魔矢を買って、掃除し直したところで、私は毎日拝める対象があったほうが、心が落ち着くのはわかっているので、(やはり母の宗教の影響を受けてるのかなあ。宗派とかで人を分けたくないので無宗教派ですが)仏壇が欲しかったです。
なので、49日までお骨をケージの中で安置したら、部屋をさらに片付けて、仏壇と神棚(と言ってもお盆の上に簡単に水と米とお塩が盛ってあるだけ、あと破魔矢と御札)をまつりたいと思います。
私はきっと、お骨や仏壇ががあろうとなかろうと、みーちゃんのことは思い出して、ありがとうとごめんなさいの気持ちが出てきてしまうと思う。
その時、お骨に向かって手を合わせれば、気持ちがおさまる気がします。…何百匹、いや千匹かな、メダカを庭に埋めるたびに手を合わせて祈ってきたけど。
メダカに関してはもう慣れましたが、自分に落ち度があったんじゃないかと思っても、
「メダカさん、生まれてきてくれてありがとう。
一生懸命がんばってくれてありがとう。
天国に行ったら、仲間たちと一緒に楽しく遊んでくださいね。
美味しいごはんをいっぱいもらってくださいね。
そして今度生まれてくる時には、もっともっと素晴らしい生き物に生まれ変わって、たくさんたくさん幸せになってくださいね。」
と、いつもこの言葉で祈ります。
そうすると、気持ちが楽になります。
みーちゃんにも、こういう気持ちで拝もうと思います。
…と、息子に最後に「私のワガママを言わせて。」と言って、仏具と後飾り棚を買うことを決めた時、ちょうど、火葬の終わりを知らせに来られました。
私は今までたくさん生き物を買ってきたけど、ハムスターやメダカは庭に埋めてきたし、犬猫は父親が「動物に高い金払って火葬するのはもったいない。」と言うので(生き物は好きな人ですが、エゴイストで、死んだメダカはそのへんにポイッとします)、私の大好きだった猫も、火葬させてもらえず、市のゴミ焼却場にペットを焼く日に出されていました。…私は父にはさからえなかった。
だから、今回、思う存分、納得できるだけ手厚くまつれることが、私には嬉しい。もちろん、こんなに早くとは思わなかったけど、いずれ死は訪れるとは思っていたし、ずーっとプランター葬か火葬かで迷っていたけど(ハムスター火葬にするのもショックかなと)、ちゃんとお金をかけて火葬にきちんとしてもらえて、セレモニーっぽいこともしてもらえたし、お線香もあげられたし、私としては、かなり気持ちがおさまりました。
お骨を見たら泣いてしまうかと思ったけど、よい状態でちゃんと残っていて、ほっとした気持ちのほうがあったかな。
息子と一緒に骨上げして…。
きちんと説明してもらい、よい状態で、どの部分もほとんど残っていて、、
息子に、おばあちゃんおじいちゃんのお骨上げの練習になるかなと、不謹慎にも頭をよぎりました。
歯がひとつポロッと落ちていたので、買うのをやめていたロケットのネックレスをやはり買うことにし、その中に歯と頭の一部を一緒に入れてもらいました。
みーちゃんの生きた証の、大事な立派な歯でした。
「こうしてちゃんとおまつりできると、気持ちも和らぐね、、」
という私の言葉は、2度、葬祭場のテキパキした男の方の説明される声でかき消されました😂
でも、帰りに近くの駅まで送ってもらう途中、色々とお話を聞くことができました。
…やはり、小動物は、骨壷も小さいので、持ち帰られる方が多いそうです。
ただの自己満足でエゴかもしれませんが、みーちゃんをしっかりと手厚く弔うことができて、気持ちがかなり楽になりました。
こんな時にこんなこと言うのはなんですが、うちは決して裕福な家庭ではありません。
育った家も、姉弟3人いて父はサラリーマン母は短時間のパートで、きつきつで、お金の使い方には、うるさいほうでした(そのくせ父には浪費癖があり、特に趣味にお金をかけて、母はいつも愚痴ってましたが)。
だから、犬猫やいろんな生き物を飼ったことはあるけど、ちゃんとペットショップで買ったわけではなく、ほとんど拾ったりもらったり、です。
みーちゃんは縁があってうちに来ましたが、私が買える限りでは1番よいと思うケージと回し車(デカイのに買い換えた)を買い、みーちゃんのために色々と金銭面でも手間暇も(途中からずっとペレットを砕いてふやかしたものも半々であげていた)最後までできる限りのことはできたと思うから、みーちゃんのおかげで、私は大好きなペットにたくさんお金をかけることができて、最高に幸せにさせてもらえたと思います。
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まだバスを待っているところで、すごく寒いです。今日は雪の予報だったから、ちょっとしか降らずによい天気でよかったです。
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まだ帰宅してないから、実感が湧かないのかも…帰ってがらんとしたケージを見ると、みーちゃんのための餌や道具などを見ると、また悲しくなってしまうかもしれませんが、今は、みーちゃんのお骨が傍らにあり、みーちゃんが一緒にいてくれているような気持ちです。
長々と書きました。
P.S.
みーちゃんのアイコンや待ち受けをどうしようかと思いましたが、辛くなったらいつでも、みーちゃんを拝めばいいのだ「ごめんね。ありがとう。大好きだよ。また生き返って幸せになってね。」と。そう思ったら、少し楽になりました。
無理になんとかしようとはせず、少しづつ気持ちも家も整理していきたいと思います。
最後までお付き合い頂き、
ありがとうございました☆彡