半月たったけど、まだまだ書きます、東京のこと。…書きたいことに全然追い付けません。追いつくのは、次回の行く直前だったりして(^_^;) それか、7/7の大阪直前か。
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今日は、東京での出来事を書こうと最初は思っていたんですが、書き始めて気づいたら、自分の心の中の出来事、つまり『想い』というか、感想?個人的主観による考察?になっていました。


しかも、あまり共感はできないかもしれません。

興味のないかたは、スルーしてくださいねm(__)m

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新幹線を降りて、東京駅に一歩踏み出すと、スイッチが切り替わったようになりました。

前に、『前回、東京に行った時は怖いのと疲れたのしか覚えていない』というようなことを書いた気がするけど、前回のときは、当時実家に帰っていて、30代だった時ですが、その時は、母が宗教団体で行くことになってたのを私が譲ってもらって、母の代わりに行ったのでした。団体の人たちと一緒に電車に乗って教会まで付き合って…それから単独行動しましたが、東京のおばさんのところに行き、疲れているのにおしゃべりに一晩中付き合ったり…その時はウツがひどかったから、判断力がなくて、言いなりになってました。

やっぱり、精神状態って大事だな。

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その前に東京に行ったのは、学生時代。その時は私は絶好調でした。

高速バスで行き、朝に東京に着いたのですが、駅で、朝のラッシュ時にぶつかったんですが、人がいっぱいいてみんなさっさと歩いているのに一切ぶつからないことに、そして、自分自身が群れの中の一人になっていることに、妙な爽快感を覚えました。

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…今回、東京駅に降りたとたん、その感覚を思い出しました。


私は、どうやら、都会の雑踏が好きです。
私の中のどこかで、その感覚を覚えているのか…(住んでいたのは、生まれてから7才半近くまでです)

みんな、さっさっと歩いていて、誰一人、自分になんか目もくれていない。それでいて、ものを尋ねるとちゃんと教えてくれる…でも、教えてくれたらそれ以上の会話を求めたりせず、そそくさと立ち去る。…都会人のそんなところが好きです。


よく、うちのメダカさんを見ていて、赤ちゃんの頃から一緒に育てた子は、お互いぶつからずに上手に距離を保ちながら、スムーズに泳いでいるのを見て、感心します。

都会の人の歩き方は、なんだかそれに似ています。

私がかなり違和感のある身なりと挙動不審だったとしても、そんなのおかまいなく、さっさっとすり抜けてくれる…それでこちらも何も気にせず、スイッチが入って、さくさくと脇目もふらずに歩き回ることができました。

人の目とかには目もくれず、ひたすら目印を探しては歩き回る…息子も、思い荷物を持ちながらも、何者文句を言わず、私とのあいだを空けず、一心不乱についてきてくれてるのも、助かりました。

 人の群れを、ぶつからずにスルッスルッとすり抜けるのが、気持ちよかった(^-^)


駅付近は人馴れした人ばかりだったからそうだったんだろうな。
上野動物園では、人馴れしてない観光客だらけで、さっさっと通り抜けたくても、前がもたついて通り抜けられなくて、イライラした💦


要するに、東京ではスケジュールが詰め詰めで、移動時間が惜しくて焦ってたんですが(^_^;)

上野動物園の人ごみは、ゆっくりと、花見をしながら歩く人たちで溢れていたので…

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人混みに紛れるのが好きだと書きましたが、もうひとつ、都会で好きな風景があって、それは、夜景です。

建物の灯りがついた夜景をマンションの屋上っぽいところから眺めるのが好きで、そうしていると、世の中にはたくさんの人がいるんだなあと感じます。今、こうしているあいだも、たくさんの人がいて、それぞれ違うことをしている。中には、同じような行動をしている人もいるだろう、これだけ人がたくさんいれば。…そんなことを想像するのが好きだったし、そうしていると、自分が、たくさんの人のなかのたった一人という小さい存在に過ぎないんだと感じられるのが、好きでした。


ちょっと、いやかなり、変わってるかもしれないけど。


それと、もうひとつ、都会で好きな風景があります。
それは、夕暮れ時のビルの建ち並ぶ風景です。

前にも書いたかな。

幼稚園の途中から小学校一年生までの一、二年ほどのあいだ、マンションの9階に住んでいたんですが、そのマンションの窓から見える新宿の高層ビル群が、夕陽に照らされて輝き、刻一刻と色を変えていくのを眺めるのが好きでした。


東京で、スカイツリーのテラスから外の夕暮れ時の風景を見ると、胸がキュンとなって、懐かしさがあふれてきて、ふと、そんなことを思い出しました。


この写真を貼るの、二回目だなあ。

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東京に住んでいたときは、いずれすぐ、両親の田舎に帰るために東京を離れることが親にはわかっていて、それで、東京での思い出を作るために、毎週のように、あちこちの遊園地に連れていってくれた。


両親の仲も、まだそれほど悪くはなく、東京では、生まれて2ヶ月の頃から世話をしてくれたベビーシッターのおばさんもいたり、初めての幼稚園でのお友だち、小学校でのお友だちもいて、短かったけど、濃い、幸せな時代だった。

だからかな。

東京が落ち着くとか懐かしいとか思えるのは。


両親の田舎に引っ越したあと、両親のケンカがひどくなって、実家で思い出すのは両親のケンカのことばかり。
転校してできた友達も、東京から着たというのでめずらしがって持ち上げたり冷やかしたり、敵同士のグループのあいだで、スパイのようにあっちにやられたりこっちにやられたり、、言葉の壁もあったりして、、


田舎に引っ越せると聞いたときは、自然や生き物が好きなので喜んだけど、両親の実家で育った何年間かは、いい思い出があまりなく(弟が生まれたのはよかったけど)、いつも東京が懐かしかった…私自身、転校先に馴染もうとする気持ちが足りなかったから、みんなになかなか溶け込めなかったのかな。


東京にいた時、すでに生まれてから二回は引っ越してましたが、東京から今いる田舎に引っ越したことは、私の人生に、大きな影響を与えました。

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でも、息子を生んでから、そんなことはすっかり忘れていた。

田舎を好きに、日本を好きになっていたのです。

(実は幼い頃は、日本も嫌いだった。いつも、誰も私のことを知らないよその国に行きたいと思っていた。)


だから、息子が『東京に行きたい』と言い出した時も、そんなに行きたいとは思わなかった。

むしろ、疲れるし怖いし、いやだなあ、と(^_^;)


…で、のばしのばしにして、、一昨年、線維筋痛症を患ってからは、
「息子のために東京に行くこと、できるのかなあ」って、不安でした。自分が心から行きたいと思えなかったら行けないんじゃないかって。


だから、いざ、東京行きを考えたのだって、息子がどうしても小学校のうちに行きたいとと言って、それに、
「小学生料金のあいだに行っといたほうがお得だ!」
という、よこしまな考えのもとでした。


だけど、東京駅に着いて一歩足を踏み出すと、もう、懐かしかった。

…だらだらと長々と書いて、結局書きたかったのは、それかいって(^_^;)


そう、懐かしかったんです。



それで、旅行のあいだは、スイッチがずっと切り替わっていて、体の線維筋痛症の痛さを、半分忘れていた…このことも、一番書きたかったことです。


痛かったのは痛かったし、、思い荷物を担ぐ肩は食い込んでちぎれそうなほど痛かったし、足は棒のようになって痛いなんてもんじゃなかったし、腰も。あちこちも痛かったけど、それでも、痛いと言わず前を見て歩き続けられたのは、スイッチが入っていたからみたいな気がします。…それで夜になって我に帰って眠れないほどに痛くてもあちこち湿布を貼って寝れば、次の日はまた歩けた。

スイッチ…楽しい時に出る脳内物質ドーパミンかエンドルフィン、あるいは、火事場の馬鹿力みたいに、切羽詰まったときに出るアドレナリンのスイッチだったかもしれない。


地元の祭りのとき、行きの電車の中ですでに体のあちこちが線維筋痛症でちぎれそうに痛くて、こんなので祭りで歩けるの?と思ったけど、祭りの場所に着いて祭り囃子の音楽を聴いたとたん、痛みを忘れた…しかし、帰りの電車に乗ったとたん、痛みが戻ってきたけど。


そのときと、同じ感覚でした。


東京から帰って次の次の日くらいに、痛みがMAXになりました。


「どうして、こんなに痛いんだろう?」
とつぶやくと、息子が、
「祭りの時と同じでしょ。お母さんは、何かやっている最中は痛いの忘れてるけど、終わったとたん、痛みを思い出すんでしょ。」
と言いました。

なるほど~、よくわかってる!と感心しました。

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次回は、東京2日目の、浅草と隅田水族館とその夜のことを書きたいと思っています。

どうなるか、わからないけど(^_^;)