…『虹の橋』というお話をご存知ですか?
私は、確か友人から聞いた気がします。


様々な事情で亡くなったワンちゃんネコちゃん達は、飼い主さんの元から静かに旅立って行った後…天国の手前にある『虹の橋』という場所に辿り着き、他の動物達とみんなで目一杯走り回って楽しそうに遊んでいるそうです。

そこは気候が良く、お水も食べ物もたくさんあって非常に心地良く過ごせる所なんだとか…。


事故にあって亡くなった子も、病気で苦しんで亡くなった子も、寿命が来て亡くなった子も…みんな、生きていた時の『一番元気だった姿』で走り回っているそうです。


その橋で飼い主さんが迎えに来てくれるのを、ただひたすらに待ち続けているそうです。

そして、いつの日か飼い主さんが自分の人生の幕を閉じた時…天国に向かう途中のその『橋』で、ずっと待っていてくれた『愛する我が子』と再会出来るんだそうです。


そして『これからはもうずっと一緒だよ、二度と離れることはないからね』って言いながら、優しく手を繋いで橋を渡って一緒に天国に歩いていく…というお話。


byなぎこ

http://ameblo.jp/nagiko-tono/entry-11555255368.html


↑今日、事業所で、ある方とお話してたことを、遠野なぎこさんのブログで見て、思い出しました。
私が小学校3年生のときに拾って、毎日、お友だちのように話しかけていた犬は、7歳でフィラリアで亡くなりました。目の前で、散歩のあと、力尽きたように倒れました。
当時、祖母が飼ってた猫をひきとって飼っていたんですが、その猫も、しばらくしてから、行方不明になりました。
いつも、その子たちに会いたい、ラッキー(犬)とフジ(猫)のところに行きたいと思ってました。

私が一人暮らしをして、知らない間に、実家で猫をもらったり、犬を引き取ったりして飼ってたことを知ったとき、とてもショックでした。生き物はなんでも好きですが、やっぱり、最初に飼っていたラッキーには比べ物になりません。

でも、一人暮らしをしていたときに、本当は飼うつもりがなかったのに(というか、本当は借家だったから飼ってはいけなかったんだけど)、私についてきてしまった迷子猫を飼い始めました。
その子は、いつも、私のそばから離れませんでした。
そのうちに、その子にラッキーと同じくらいの愛情を感じるようになりました。

ラッキーにも、私の気持ちが伝わる、目を見れば気持ちがわかる、という感覚があったのですが、その猫(アミちゃん)には、私の言葉が通じる、という確信がありました。

結局、私が実家に戻るとき、アミちゃんも一緒に連れて戻り、アミちゃんが子を産んだあと、私は、アミちゃんとアミちゃんの子のうち1匹を残し、実家を出て、我が子を産みました。

アミちゃんが数日前に亡くなったと、たまたま電話したときに母から(いきなり、しかもホープタウンにいるときに)聞かされたときは、大声で泣き、母をなじりました。

亡くなって3年くらいですが、アミちゃんの子がいるから、実家に帰っても、なんとかほっとできます。
でも、アミちゃんを思い出すと、悲しくなりそうになります。

だから、私も、大事な家族である犬(や猫)を失った気持ちは、よくわかります。

私の父は、生き物を色々飼ってました。だから、私も色々飼ってました。
だけど、独身時代、ひとりに耐えられなくて、何度かハムスターを飼いましたが、みんな、亡くなってしまいました。
3年飼って亡くなった、くまおちゃんのあと、もう二度と、ハムスターは飼いたくないと思いました。
あのときの私は、本当にどうかしていた・・・
くまおちゃんが亡くなったのは、クリスマスの夜でした。
私の胸に抱かれて、亡くなりました。それまでの20日間の闘病は、壮絶なものでした。
くまおちゃんが亡くなったあと、アミちゃんが子供を2匹産み、1匹はもらわれていきましたが、それで、アミちゃんと赤ちゃん猫に救われましたが、実はその赤ちゃん猫を、くまおちゃんの生まれ代わりだと、占い師に言われて、本気で信じていたのですが・・
でも、子供を産むために、再び実家を出たあと、毎日スーパーに行く道の途中で、家の横に、ハムスターのケージのようなもの(怖くて確認はできませんでした)が置かれている家があって、そこを通るたびに、くまおちゃんのことを思い出して、胸がはりさけそうでした。

私は、息子に本当に救われた。
息子が生まれて、しばらくは、アミちゃんやその子の(くまおちゃんの生まれ変わりと思っていた)ノアちゃんから、関心がうすれました。
あまりかまってあげられなかった・・・

でも、息子が3歳くらいになって、ようやく、気持ちがすこーし、ほかにも向きだして、
アミちゃんをいとおしく思い・・・その矢先でした。アミちゃんが亡くなったのは。
今では、ノアちゃんを、アミちゃんがいたとき以上に、いとおしく思います。
私以外になかなかなつかない、難しい子で、息子は、つつきたいのにつつかせてもらえなくて、それでも、辛抱強く、びっくりさせないよう、そうっと近づいて撫でることが、少しずつできるようになってきました。
これは、ADHDの息子にとっては、とてもすごいことです。

息子は、生き物が大好きで、本当に、思いやりのある、感受性の強い、優しい子なんですよね。
でも、感受性が強すぎて、また自分の感情がコントロールできなくて、つい、人に迷惑をかけてしまったりして、それはいけない、と自分でもわかっててもどうしようもない。
でも、いい子になれてるとき、ほめられてるとき、とても嬉しそうなんですよね。

話がそれました。

アミちゃんは、たぶん、迷子猫だったんだと思います。
私たちがワークショップで集まった公園で、虫をとって食べてました。
主催者が話す傍らで、ずっと座って話を聞いてました。
公園に車で入って真っ先に私が見て車を止めてもらって、下りて見たとき、「なんてかわいいんだろう」と思いました。・・・げっそりしてたし、実際の年齢より、成長も遅れてたと思います。かわいいのは泣き声だったかもしれません。父はアミちゃんを一目見て、「なんて汚らしい猫なんだ」と言いましたから(^_^;)

公園が終わって車に戻ってみると、私の乗ってきた車の下に、いつのまにか姿を消したと思っていた、さっきの迷い猫ちゃんが、ちゃっかりと、座り込んでました。
私を一目見て、「この人についていこう」と決めたんでしょう。


話は変わりますが、自閉症に、生き物と触れ合うプログラムがよいというのは、昔からなんとなく、耳にしたことがあります。
私は、昔から、なんとなく、生き物とも、人間と同じように、いやそれ以上に、心がかよわせるような気がしていましたが、今思うと、私が自閉症だったからだと思います。

自閉症の特徴のひとつに、生き物とか物と、人間との区別があまりない、境界があいまい、というようなことがあったと思います。

私の父は、幼心に「人間より生き物がすきなんじゃないか?」と思ってしまうような人でしたが、私も実は、そんなところがあるかもしれません。

今は、スマホに名前をつけてちゃんづけで呼んでます(^▽^;)

ピアノがあったときは、ピアノをお友だちのように思ってたし、
前述のように、犬(ラッキー)も、お友だちでした。特に中学時代は、唯一の親友のような感じでした。。。。。


尻切れトンボですが、突然、書くことがなくなったので、終わります。