8月下旬のある日のこと、その日も今年らしい残暑厳しい日でした。
小生はいつもと同じ時間に起床し、身支度を済ませ、
ショップへ自転車で行き、到着して直ぐに掃除を始めました。
掃除を済ませ、ショップを開け、PCメールをチェックしました。
その日の朝はいつもと変わらない昨日からの続きの『日』として始まりました。
もうすぐ展示会へ行く予定でしたので名刺を新たに刷ろうと
その準備を始めたところでした。
何げなく携帯電話を見ると着信&ルス電が2件あり,
1件は父が入院している病院から,もう1件は自宅の母からでした。
どちらのルス電も『直ぐに病院に行く必要がある。』と同じ内容でした。
さっきショップを開けたばかりのまだ昼前の時間ですがショップを閉め、
自宅に戻ると母はすでに病院へ行けるよう準備を済ませていました。
病院に着き父がいる病室へ向かう途中、看護師さんにこちらへと案内された場所は
昨日まで父がいた病室とは違いそのフロアにある集中治療室の様な部屋でした。
父は点滴を受けながらだるそうな様子でベッドにいました。
多少意識がはっきりとしない様子に思えましたが
『見舞いに来たよ』と少し大きな声で話しかけると
父は小生と目線を合わせることができました。
主治医の先生に呼ばれ父の状態の説明を聞きました。
1週間もつかどうか分からないかなり危ない状態とのことでした。
母が少量でいいから父が望むものを食べさせてあげたいと先生にお願いしました。
『いいですよ』と先生は答えてくれました。
父の元に戻り『一度家に帰ってこれから母が魚の煮つけを作るよ。それを持ってまた夕方に来るよ。』と話しかけました。
『お願いします』と父は答えました。
急ぎ家に帰りました。時間は昼の1時頃でした。
母はまずは2人分の昼食を作ろうと台所へ行きました。
直後小生の携帯電話に病院から電話がありました。
直ぐに病院へ来てほしいとのことでした。
病院に着くと父は大きな個室に移されていました。
付き添いの人が寝泊まりできるようになっており、かつ24時間人の出入りが可能な部屋でした。
父に残された時間、可能な限り多くの人に会えるようと用意された部屋でした。
父の状態を連絡してしばらくすると弟夫婦と伯父が見舞いに駆けつけました。
夜には叔母が来る予定だと伯父が教えてくれました。
夕方になり母は自身の病院へ行く都合、弟は仕事の途中抜けてきたので会社へ戻る都合、
伯父にも予定事があり小生以外のそれぞれが病院を出ることとなりました。
弟は会社が終わり次第、伯父は叔母が来るであろう時間に合わせてまた来ると予定していました。
父は苦しい様子ではありませんが意識がはっきりとはしない様子でした。
どこを見ているのか分からないような感じでした。
予定通りであれば父は3日後に退院するはずでした。
父が入院をして数ヶ月の間、ショップを閉めた後病院へ行き
父と少し談笑をする時間を作っていました。
『今日の体調はどうか?』と尋ねると
『悪くはない』と答えました。
『今日は今年初めて30度を超えた』と言うと
『病院内にいると気温が分からないな』と答えました。
病床で髪を切った父に『だいぶ短くしたね』と言うと
『そうか』と少し照れ笑いをしながら答えました。
内容の無い話、30分にも満たないわずかな時間、それでも今まで一緒に暮らしながらも
ここ何年もそのような時間を過ごしていませんでした。
病院で過ごす父との時間は悪くないなと思っていました。
これからも父と語らうわずかな時間は小生の日常の中続くものだと思っていました。
父の介護をしてその病気と共存していく覚悟はできており、それでもいいのだと思っていました。
小生希望は捨てていませんでした。
父に何度も家に帰ろうと話しかけました。
帰ってうどんを食べようと話しかけました。
もうすぐ向かえる父の誕生日を祝おうと話しかけました。
だから頑張ってくれと話しかけました。
父は小生の問いかけに答えることはありませんでした。
すぐそばにいる小生に気付いているのかどうかも分からない様子でした。
病室のソファに腰をかける。父に話しかける。父の足をマッサージする。
そんなことを繰り返していました。
小生が何度目かの父の足をマッサージしている最中、父の顔を見ると父が小生を見ていました。
父はじっと力強く小生を見ていました。
あまりにも力強く目線を合わせるので、小生一度目線を外しました。
またすぐ父を見ました。が、父の目線は先ほどと同じでどこを見ているのか分からないような様子でした。
いきなり何故あれほどじっと小生を見ていたのだろうと気になりました。
意識がはっきりとし始めたのかなと思い父の顔を覗きました。
ですが変わらず父の意識ははっきりとしていない様子。
父の目の前にある小生の顔さえ見ていませんでした。
しばらくして、父の呼吸回数が減ってきました。
まばたきを全くしなくなりました。
苦しそうな様子ではありませんでした。
どうしたのだろう?疲れたのかな?と思っていました。
呼吸回数はさらに少なくなりました。
ある時、父は次の呼吸をしなくなりました。
まぶたがスーッと下がりました。
小生懸命に父の名を呼び続けました。
ナースコールボタンを何度も押し、先生と看護師の方が早く来てくれるよう願いました。
その日の夕方父は永眠。
ずっと考えていました。
父は亡くなる直前に確かに小生を見ていたのです。
偶然に目が合った・・・。そのようには思えないほどのタイミングであり、また力強い目線でした。
目は口ほどにものを言うと言いますが、ならば父は小生に何かを伝えたかったのではないだろうか?
最期の最期、わずかに残された力を使って、父は小生に何を伝え残そうとしたのだろうか?
『今までありがとう』、『残る家族の面倒を頼む』、『面倒をかけてすまなかった』・・・
父がいない今となっては最後に伝えたかった想いを知る術はないのである・・・。
知る術がない答えをずっと探していたのである。
だから小生の夢には父がよく出てくるようになりました。
父を見ての小生の第一声は決まって『何でここにいるの?』である。
父も決まって笑いながら『よく分からないんだよな。』である。
小生がさっきようやくたどりついた結論は
父は最期小生に何も伝えようとはしなかった。である。
強すぎる想い、多すぎる伝えたい事等はきっと言葉にはできないのだと思う。
ありがとうでもさようならでもどれかを言ったら他が言えない。
それこそ心残りとなるかもしれない。そんな選択はなかなかできないのだと思う。
話したいことがあったのであれば、声を出す力は無くとも話そうとしたのではないかと思う。
けれども父の口元は一切動いてなどいなかった。
父は言葉にできないのであれば、最期に残された力は話すことに使うのではなく、
ただただ小生を見ることに使えられたらそれでいい。そのように思ったのではないかと思う。
小生にとってはそのような答えでいいのである。
父のことをもちろん忘れる日などくることはないと思う。
だが父の死に縛られて生きていくことはよろしくないと思う。
これからを生きていく小生にとっては希望する未来を作る第一日目は今日なのである。
その実現に向けて考えて行動していきたいと思う。