ずっとエンプティー
法蔵(ほうぞう)菩薩といいました。
法蔵菩薩は
『救済されない者がるなら 私は決して如来になりません』
といった48の誓願を立てて修行に励みました。~
本願に象徴されるように、
阿弥陀は徹底的に救済するほとけ、救済者なのです。」
KKベストセラーズ 「一個人」仏像の謎100
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大津のイジメ自殺事件や、
老々介護の末、
夫に包丁を刺して殺人罪を問われた老妻の裁判で明らかとなった顛末が引っかかっている。
どんなに苦しかろうとも、
自殺をして現実から逃避した当人がいけないとは、
今の私の次元で決して言わない。
「あんただけを死なせるわけにはいかない」
いきなり胸に包丁を刺されて驚いた寝たきりの老夫が、
老妻のその言葉を聞くなり落ち着いて、
「お茶をくれ」といい、少し口に含んでから、
「もう結構」といって、そのまま息絶えた。
救済とはなんだろうか。
大声をだしても何も解決しやしない。
そもそも人を可哀想と思うこと自体が、思い上がりなのか?
しかしこれが自分で認めた私の次元だ。
今、震災で仮設に済んでいる方、
救助にあたられた警察・消防・自衛隊・ボランティアの方たちに、
なんとか少しずつでも心安くなってもらいたい。
祈り・・・
自分のエンプティが点滅していようと止められない。
自分の幸せが満ちるまで放っていられない。
食わねど高楊枝気分、
しかし深層は一目散に自分の幸せを望んでる。
幸せオーラを振りまいてみた~いもんだが、
いつになることか。

