「信じる信じないではない・・・」 | 視 界 良 好

「信じる信じないではない・・・」


TOEIC 605点ホルダーの閑話


大門の交差点から東京タワーをスナップ。

曲がってしまった先端のアンテナは修復工事中で、

ちょっとだけ短くなっているこのお姿も貴重でしょう。

タワーは戦後昭和の肝っ玉。

夜はライトアップされたタワーも美しい。


***


家のふとんの片付けに、頭が神棚の前に近づいたとき、

ふとこんなフレーズが浮かんだ。


「(神を)信じる信じないではない・・・」  んん?



今朝、

寝起き前のふとんの中で、

私は自分の信念の弱さについて考えていた。


感謝の気持ちというのは、

わが身の不運を意識したとたん遠ざかってしまうもの。


試されている事もあろうが、

自分の信念はそんなストレスにあっけなく弱いなあと。 


フゥーーー   ┐( ̄ヘ ̄)┌ (ヤレヤレ)


***


思わず、私は片付けの手を休めて今の言葉を反芻してみた。


「あーーー、いまのは今朝の答えだったんだ~」



心を神に寄せることを通して

「気づき」が加速して進むことがある。

自分の行いを見直すきっかけとなる。


けれど神は人に信心を求めているわけじゃない。

その命が、皆、等しく、幸せとなる様見守っている。



私は頭のなかでそうイメージした。


ステップアップするには、

それなりに準備が必要だ。

遅々とした進行に落ち込むこともあるけれど、

条件はひとつひとつ揃えていくしかない。

後退している気がするだけで前進しているんだ。


実感が伴わない時期があろう。

今は経験を「気づき」として重ねている段階を

膿まずたゆまず続けていけと、

いつも御神籤から諭されている。



信念とは育てるもので、

自分に言い聞かせて設定するものじゃない。



んじゃまー、当面はグラグラしながらでも

支えていこうかね~


***


実際に神社に参拝すると、

全然頼んでいないのに、

人智ではわからないところで

何かが作用している、

なんてことが起きている。


先日の江ノ島神社の弁財天様も

銭洗弁財天宇賀福神社でも、

行った帰りは仲間内の会話が弾むのね~


この間のトゥリーディングのワークでは、

自分の意識と関係なく、

下川さんに会っているというだけで、

ご先祖様が集まってくる不可思議さ。


気分が悪くなったり、寒気がする人が続出、

結局全員のお祓することに。



アマテラス様と歓喜天さまと繋げて

頭の上から


ずばばばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ っと


たくさんのご先祖様が天に帰っていく。

わかんないけどうれしい。


何も見えないけれど

渡された懐中袋がまるでバイブレーターのように振動するし、

そうなりゃ、むちゃ必死で本気になるわいな。


帰り道はユラユラ、駅まで皆で歩いて帰るんだけど、

なんとなく帰りたくないような。


経験は宝物。

私の中に感動と共に自然に育まれるのは

心からの信心。