振り返れば収斂する神示
時に、
~何のために生まれてきたのか~ と
知りたくなる時がある。
もし目的があるというなら、
今それを覚えていないのは
はたして自分の失態なのか---
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逆に人生でやるべきことを覚えていて、
自分で書いた筋書き通りに
人生が展開するとしたら
何を経験したとしても
そこには何も感動は生まれてこない。
それはまるで
テストの解答を見ながら
答案用紙に書き込むことと同じこと。
なぞるだけでは意味が無い。
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人間の魂はこの地球という舞台に
何度も再生を繰り返している。
そして地上に再生しようとする度に、
過去世の記憶フォーマットを受け入れている。
それが地球で営われてきた人間のシステム。
魂が何を望み、やろうとしているのか、
守護霊たちは深いところで理解している。
だから彼らは人生の筋書きを、
今世の自分に公開することはない。
何が起ころうとも必ず傍で見守っている。
それは人生に起きることにすべて偶然は無い という真理でもある。
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ゆえに、
人と比べて自分はまっとうに生きていないとか、
歩むべき道に進んでいないとかいうのは、
すべてありえない。
停滞していようと、もみくちゃにされようが、
無駄なことはない。
生きることが、すべて学び。
人は神に祝福されて生まれ出で、
すべての人が等しく皆、神に見守られる。
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《昨年年末の深川不動尊のお不動様より》
『~どんなに困難のときでも
かならず私がそばにいると信じなさい』
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《鹿島の大神より》
『ナニヲ シンジルモ
ナニヲ シンジナイモ
ソレハ
ジブンノチカラゾ
ソノチカラヲ ツケテオキナサイ
シブンヲ
ジブンノチカラヲ
シンジルノダ
シブンノチカラヲ
シンジナサイ』
自分の力とは、たくましく現実を生きぬく為の
術を身につけなさいということでない。
どんな道、状況にいようとも
神は絶えず自分と共にいると、
しっかりとした信念を持つ自分になれということ。
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《息栖神社でアマテラス様より》
来年(2012年)のことは
(皆の事はわかっているから)
心配いらない
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《深川不動尊でのお釈迦様より》
『自分の内面と向き合いなさい』
「気づき」を自らの内より得なさいと。
お釈迦様は内面を見つめることで
私がこの「気づき」に導かれると分かっていた。
神も仏も元はひとつ。
振り返れば頂いた神示の何もかもが一つに収斂してゆく。
なんという神の連携プレーだろう。
前世の記憶を抹消するシステムは、
地球を舞台にした、壮大なプログラム。
そして「気づき」とは、
たぶん幸せのはじまり、
そんな予感だ。
