理智、他にあらず
師走の二十日、
これまでツアーを企画してきた下川さんとスタッフは、
今年一年分のアク落としにと、
深川不動尊参拝と
忘年会を催してくれました。
【祭神】応神天皇(誉田別命)
すく傍に隣接。
【祭神】 市木嶋姫命
七渡弁天と親しまれる八幡様の地主神。
合祀
粟島神社
【祭神】 少彦名命
写真はここまで。
三時から
深川不動尊にてお護摩。
キョーレツな太鼓の響き。
力強い波動の洗礼。
ここで
一人ひとりにお釈迦様とつなげてもらいました。
コドモノ %#&@? ハ トカレル
ソウ、
ジブンノナイメント
ムキアイナサイ
お釈迦様は思いのほか早口で、聞き逃したーー。
寝る前に瞑想しています。
なにがたのしいかったのか?
どうしたかったのか?
ゆっくりはがして
根本理由をさぐっていく。
喜怒哀楽が、
人間に備わったのには理由がある。
ただこの感情を意識に使われてしまうと
大方自分を低める考えへと暴走してしまいがち。
でも悲しかったら、ただ悲しめばいい。
怒っているなら、堂々熱く燃えたらいい。
何にこだわっているのか、
第三者として自分を傍観してみて、
ああ、ここかというポイントがわかると、
怒っていても、
腑に落ちるという不思議に快感な経験をする。
特に悔しかったりする感情は、
何度でも思い出してしまうから、
その度に
「またキタな」とイラついてしまうもの。
その件はもう分析済の事のはずなのに、
何回も襲ってくるというのは、
どこか原因・意図を読み切っていない可能性がありそう。
思い出させているのは、
もしかして宇宙意志なのかもしれないわけだし。
・・・
四階の宝蔵大日堂、
二階の四国霊場、
たくさんの観音様、菩薩様、すごいです。
・・・
外は暗くなって寒風がふいていました。
なだれ込むように情熱屋で忘年会。
いろんな話をしたけれど、
何故こうしてあちこち神社めぐりするのか、
何のために参拝するのか、
それぞれの理由をきいていたら...
なんだかな~
仕事のこと、
対人関係のこと。
何かしら救いを求めたり、
神恩感謝したり、
自分も含めてみんな
つまりは現世利益を求めているんじゃないだろうかと。
そんな想いがめぐる。
いや、
自分はそんな願い事はしていないつもりなれど、
今日だって
阿弥陀様が自分たちのご先祖に光を届けていただけると聞いて、
ありがたくご真言を何度も唱えた。
自分のこと、家族のこと、ご先祖のこととなると、
私も感謝を述べながら、
結局は宜しくお願いしますと願っていることになる。
なんかしてちょうだいと、
私も神様に手を差し出している様に
自分のことが見えてきた。
それって、自分にがっかりかも。
これまでわたしが求める前から与えてくれた事に
感謝してきたつもりだった。
たとえ無意識だったにせよ、
不純真ではなかったか。
ツアー仲間のなかで
霊性的な浄化を通して自分の生き様を見直していこうと志す者もいる一方、
お願い事して参拝する者に対して
多少冷ややかな気持ちを抱いてた。
俺もおんなじ。それ以下かもしれない。
むしろ
自分の目的をしっかり掲げて努力している者なら
魂を現実の生活の中で輝やかそうとしているなら、
そのご加護はむしろ正当に近いじゃないか。
・・・
人々の願いが念としてこもったまま
辺り一面、積み上げた石に封じられ
今や聖地でなくなった天安河原の話。
もう神様の負担となるような
大きな願い事なぞしていられなくなる。
すべての日本の神様方々に感謝を届けよう。
すがすがしくあって欲しい。
元気であって欲しい。
だから、
今、戸隠神社に登ろうと思ってる。
オモイノカネ様、タジカラ様に
お伺いをたててみる。
日本の神話にとって大事な聖地の神様。
一生懸命言上してみます。
不遜がどうか、
意味あろうがなかろうが、
もうこわがっていられない。
「理智、他にあらず」を支えにして、
望むべき自分が行動するだけ。
クリスマス寒波、どうなるか。


