ひとりでベンチに座っていたら
向かいのベンチに
小学4~5年生の女の子2名が座りました。
息子と同級生かな〜
なんて思いながら
ボーっとしていると、
彼女たちの会話が聞こえてきました。
A「愛と恋ってどう違うと思う?」
あ、あ、愛と
こここ...恋っ!!???
B「え〜....
愛は『愛してる』で
恋は『好きです』??」
A「じゃ〜『愛している』って
どういう意味だと思う?」
B「うーーーーーん、
大大大好き♡ってことかな〜」
A「じゃ〜
『好き』はただの好きってこと?」
B「なんでそんなこと聞くの〜w」
A「不思議に思ったからだよ〜w」
深い...実に深い。
早速、
帰宅してから息子に尋ねてみる。
P「愛と恋ってどう違うの?」
D「わかんな〜い♪」
P「『愛してる』と『好き』って
どう違うの?
ダイヤくんもわたしに
『愛してるよ〜』って言うし
『大好きよ〜』って言うでしょ?
どう違うの?」
D「う〜ん....
『愛してるわ〜』は、
お腹からココロから全身で!!
ひゃーー♡もう〜ぴ〜ちゃん♪
ぴ〜ちゃんのこと食べちゃいたい!!
って感じで〜♪
『大好きよ〜』は、
好き好き大好き大好きよ〜♡って感じ」
おもろ。
確かに
愛と恋は違う。
よく言われているのが、
恋は終わるけれど、
愛は永遠
とか、
恋は条件付きだけれど
愛は無条件。
恋は自分の幸せを求めて
愛は相手の幸せを望む
とか?
わたしが思うに
恋はバーチャルで
愛はリアル
恋は善悪があるけど
愛は全肯定
という感じかな。
『愛する』とは、
すべてを受け容れ
すべてを認める。
あるがまんまを愛すこと。
それでイイよ
これでイイのだ
バカボンのパパは
愛のヒトだったのだな。
そして、
『愛する』とは、
自分自身を
受け容れ認め
すべてを赦し
これでイイのだ
と全肯定したのち、
周りに存在するヒトたちのことも
受け容れ認め、
それでイイ
そのままでイイ
と全肯定する。
目の前のデキゴト、モノ
環境、あらゆる状況も
受け容れ認める。
そうなのだな、
それが起きたのだな、
と受け容れ認め
それでイイ
これでイイのだ
と全肯定する。
自分への愛から
どんどんどんどん外側に
愛が拡がって、
目の前のヒト、モノ、
環境、状況にも
愛が拡がる。
つまり、
自分と外側の境がなくなって
どんどん拡大し
ぜんぶ自分だった
...となる。
ひとつひとつ
これでイイのだ
これでイイのだ
と受け容れ認めてゆくと
愛(自分)が拡大しちゃうということ。
世界全体、ぜ〜んぶ愛してる
この世界は、
愛しかなかった
.....ってなる。
世界は自分だった。
愛は、一体
恋は、自と他。
恋は、あなたと私。
愛は、あなたは私
私はあなた。
なんということだ!!
小学生少女の会話が
ここまで深遠すぎるとは。
息子も無意識ながらも
愛を理解していたということか。
「食べちゃいたい!!!」
あなたも私も一体。
私の中にあなたがいる。
________________
だいぶまえに
「般若心経」のロック版が
ネット上で話題になりましたよね。
いつだったのかと
検索サクサクしてみると、
10年前の2011年あたりだったらしい。
東日本大震災の年なので、
時代を超えて
ブッダの教えが
日本人のココロに沁みたのかもしれません。
今でも色褪せることなく
ココロに刺さりまくるので、
共有いたします。
【般若心経 現代語訳】
※出展
この世は夢だ
深刻になるなよ
目の前のデキゴトに抵抗するから
苦しいのだ
すべて認めて受け容れちまえば
苦しみは無くなる
(全肯定)
誰もがひとり残らず
はじめから救われてるんだ
だから
心配すんな
大丈夫だ
....って感じ。
今日は以上です。
ありがとうございました。
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