いつものように洗濯をし

洗濯機のフタを開けた瞬間、

ちょっとした違和感を感じた。

 

 

あれ?

 

 

..............................。

 

 

あ〜〜〜〜。

 

 

 

洗濯物を持ち上げると

ネットに入れたブツ以外、

すべて粉にまみれていたのです。

 

 

 

この瞬間、

いつものわたしでしたら

 

脳内で即座に

犯人探しをし、

 

「な、なんで?ティッシュと一緒に

洗濯してしまったのだ〜〜〜!!」

 

と悲嘆にくれていたはず。

 

 

 

 

今回のわたしの反応は、

 

 

なんと!!!

 

 

 

「ふふふ....w」でした。

 

 

 

 

ふふふ....?

 

ふふふ......だと??

 

一瞬、耳を疑った。

 

 

なぜ?

軽く微笑んでしまったのかというと

 

洗濯物が

白い粉雪にまみれているようで

 

ほんの一瞬のデキゴトであったが

 

「キレイだな♡」

と思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

そして、

 

粉雪にまみれた洗濯物たちを

なんだか愛おしく感じた。

ほんの一瞬なんですけどね。

 

 

そのあとの行動も

今までのわたしとは違った。

 

 

脳内であれやこれやと

ぐるぐる考えることなく、

 

舌打ちすることもなく、

 

掃除機とコロコロを取ってきて

淡々と作業していました。

 

 

このときのわたしの内側は、

 

至って平和でした。

 

 

なるほど、

己の幸せは、

マジで外側関係ないのだな、と。

 

 

そして、

 

息子の内側っていつも

こんな感じなんだろうな、と

 

体感したのです。

 

 

 

全くレベルは違いますけども

 

息子は、

いつもこのような感じで

 

外側で起きたデキゴトに

一喜一憂せず、

 

己の中が常に

平和でハッピーなのだと。

 

▼▼▼

 

 

白い粉雪にまみれた洗濯物を

パタパタやりながら

 

己の内側を

ずっとストーキングして

観察していたのですが、

 

わたしは、

全くイライラしていませんでした。

 

 

 

ティッシュと一緒に洗濯した自分を

ひとつも責めず、

 

いつどこでティッシュが紛れ込んだのか、

原因追求もしていない。

 

無駄な手間を取られた!

時間がない!と焦ることなく

この先の未来を憂いたりしなかった。

 

 

「あ〜♪

息子の中ってこんな感じなんだ♪

こんな感じなんだな〜〜♪」

 

とその感覚を

お酒をテイスティングするかのように

じっくり味わっていました。

 

 

外側に

『平和で幸せ』があるのではなかった。

 

外側にはなにもない。

 

 

ココロの平安を

外側に求めていくら探しても

見つからない。

 

まさに

チルチルとミチルの

「青い鳥」のように。

 

 

 

 

例えば、

 

今、自分が置かれている状況で

内側が「非平和」だとする。

 

 

その「非平和」状態を

「平和」状態にするために

 

外側に「平和アイテム」を求めたり、

「非平和」の原因追求しても

事態は悪化していく。

 

 

なぜ?悪化していくんでしょうね。

 

 

これ無意識なんですけど

いまこの瞬間、

「否定、抵抗、批判」

しているので

 

 

「平和」になりたいのに

その逆方向.....

「非平和」方向へと

舵を切っていることになるんですよね。

 

 

 

 

いま、わたしは、

「平和じゃない!平和じゃない!

不幸だ!不幸だ!」

とアピールしていることになる。

 

 

 

外側に

「平和アイテム」を探して求めるのは、

 

いま、わたしは、

平和じゃない!

わたしはダメだ!と自分を否定して、

いま、自分がいる場所に抵抗している。

 

ここじゃなくてあっちへ行きたい、

みたいな。

 

 

 

ではどうすればいいんだよ!!

....なんですけども、

 

 

とりあえず、

非平和な自分を受け入れること。

 

 

まずは、

 

受け入れちゃう。

(※受け止めるではなく

受け入れて流す

 

 

 

 

つまり、

 

いまと闘わない。

 

 

その瞬間の

非平和な状態を

「否定、抵抗、批判」

しない。

 

▼▼▼

 

「いま」と仲直りするとは、

「いま」を受け入れることです。

ニュートラル。

 

 

息子の受け入れ言葉は、

「そっか〜」で、

 

朝ドラの「あさが来た」の

あさちゃんの受け入れ言葉は、

「びっくりぽんや〜」で

 

若者たちの受け入れ言葉は、

「ウケる〜〜♪」です。

 

 

 

 

こうして、

いまと闘わずに

イチイチ仲直りしていくと

 

必ず!なにかが視えてくるんです。

 

 

いつの間にか

「非平和」を超えて「平和」になっている。

 

 

 

これは、

 

「あそこの店のカレーは美味しいよ♪」と

伝えても

 

カレーそのものの味が

味覚として伝わらず、

 

実際に食べてもらって

体感してもらわないと、

その美味しさを

直に伝えることができないのと

同じですよね。

 

 

 

わたしは、

洗濯機にティッシュを入れて

洗濯してしまいましたが

 

己の内側は、

「平和」でした。

 

外側の映像は、

見ようによっては、

殺伐とした

地獄絵図のようだったかもしれません。

 

 

でもわたしは、

その映像から傷つけられることはなかった。

その状態に傷つけられなかった。

 

 

そう、

 

わたしは、

ティッシュまみれの洗濯物を

加害者にすることなく

自ら被害者になる道を外れた。

 

 

 

自分の世界は自分で創っている

と自分の世界に責任を持っている。

 

 

まさにそれは、

 

誰の被害者になることもないので

永遠に傷つくこともない。

 

それこそが無敵人生なのだと思いました。

 

(※上記リプログ記事より抜粋)

 

 

 

 

受け入れていく世界が

広がれば広がるほど、

 

平和になり、

無敵となり、

極楽になり、

 

一生無事なのだと思います。

 

 

 

今日は以上です。

ありがとうございました。

 

 

〜私信〜

magicalrokkoさん♪

鳳凰の画像、

ぜひ!壁紙にお使いください♡

というか、

使っていただけるなんて嬉しすぎます。

ありがとうございます。

それと、

ジブリ作品の件ですが

過去記事でも触れているのですけど

過去生での恐怖体験を思い出したくないがために

無意識にジブリ作品を避けていたことが

わかりました。(ナウシカ)

過去生の記憶を思い出し、

受け入れることができたので

今ではジブリ作品好きです♡

いつも本当にありがとうごいます。