世界は自分で創っている
といくら理解していても
聞きたくない話題が聞こえてきたり
見たくないニュースを見てしまったりします。
でも間違いなく、
見たり聞いたりしたこの世界は、
自分で創っている。
自分の中に世界がある。
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この世界の仕組みを全く知らない
20年以上前のこと。
エジプトであったルクソール事件や
阪神淡路大震災、オウム事件、など
画面を通してでしたが
目の当たりにして
少々病んでしまった時期があります。
被害者に対しての同情や憐れみといった
美しいものではなく
この世の仕組みについて
思い悩んでしまったのです。
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未来は決まっているのか。
この世界はなんなのだ。
この世界はどう動いているのだ。
運命とはなんだ。神とはなにか。
天災で助かる場合とそうでない違いはなんなのだ。
なにが違うのだ!!
この病んでいる時期に
【禅】との出会いがありました。
お寺で修行していたわけではありません。
【禅】の本を読み漁っていたのです。
そこで、過去も未来もなく
「今」しかない、というところに
落ち着きました。
阪神淡路大震災は、
わたしの中での衝撃的なデキゴトでした。
助かる場合とそうでない違いは
どこにあるのだろう。
なにが原因なのだろう、と
カラダの中の水分が沸騰して
すべて蒸発してしまいそうな勢いで
ぐるぐるに悩み
時には自分を傷つけながら
必死にもがいていたのが
この時期です。
天災の件も
阪神淡路大震災の5〜6年後あたりに
私なりの納得できる答えに辿り着いています。
めでたし、めでたし。
上記のリブログ記事に
「わたしなりの納得できる答え」とやらを
書いておりませんでしたので
今日はそのことについて書きます。
行き着いた答えは、
とっても単純でした。
______
地面を徘徊しているアリ。
行列しているアリを眺めていたら
気づいたんです。
アリに限らず、
地球には無数の生命が在る。
我々人間は、
なんの意識もせずに
普通に歩いているだけで
アリを踏み潰していることがあります。
そこに意図などありません。
高速道路の山道を走っていたら
フロントガラスにいきなり
無数の虫が激突してくることがあります。
これは、
虫が激突してきたのではなく
わたしが虫たちに激突したんです。
虫の進路をわたしが
突然遮ってしまった。
でもそこに
わたしの意図などありませんが
虫たちにとっては
大量虐殺です。
自転車でも道路を走っていれば、
ちーちゃい虫をひいてしまっている
可能性はあります。
目の中に突然入ってくる虫たちもいる。
鼻の穴に侵入する勇気ある虫たちも
存在します。
これらの虫たちは、
わたしとの出会いが悪かったのでしょうか。
運が相当悪かったのでしょうか。
これは、不慮の死でしょうか。
こっちのアリは、
とっても優秀で性格もよく働き者のアリだけど
あっちのアリは、
性格も悪く、アリのくせに働かない。
わたしは、
働き者だろうが性格が悪かろうが
そこに価値を見出しておらず、
無意識に踏み潰しています。
家に侵入してきたコバエが
コバエ界では絶世の美女であろうが
不美人であろうが
全く関係なく、叩きます。
おぉ〜〜っと!君は、
コバエ界の美人さんですね!!
でしたらどうぞ♪どうぞ♪
このままご自由にお過ごしください♪
って断じてならない。
子どもの頃、
アリの行列を見ながら
1匹1匹キレイに潰したことがあります。
お尻から甘いエキスを出すと聞いて
食べてしまったこともあります。(オエっ)
このアリは、
まだ赤ちゃんだから踏んだら可哀想。
大人アリにしよう♪
大人アリはど〜〜こだ♪って
わたしは、やっていないんです。
無作為状態です。
「この子はなにも悪くないのに..酷い」
とアリ業界から叩かれ非難されても
わたしは、
それすらに気づかない。
大人子ども関係ない。
オスメス関係ない。
性格の善し悪し関係ない。
才能あるなし関係ない。
もしや、
この人間世界もそうなのではないか!!
そう思ったんです。
アリにとっての我々人間みたいな存在が
この世に存在しているのではないか。
人間にとっての
とてつもない大きな大きな得体の知れない
巨大な存在がいる。
その存在は、
人間を選り好みしているわけではなく
なにも意図することなく
呑気に歩いてたら、あろうことか
人間を踏み潰しちゃった!、みたいな。
(※天災や事故、事件に巻き込まれるなど)
意味もわからん無限な力が働いている。
その巨大な尋常でない存在にとって
我々人間はアリだった。
アリが人間に対して無抵抗であるように
我々人間も
その存在が「しでかすこと」を
甘受するしかないのではないか。
「助かる場合とそうでない違いは」
どこにもなかった。
はじめからなかった。
ここに行き着いたとき、
なんとも言えない開放感を味わいました。
もうこうなったら、
いつなにがあるかわからないので
いつ自分が巨大な存在に
踏み潰されてもいいや
....って思うようにしよう。
いつ死んでもいいって思えるようにしよう
って思いました。
(※生まれ変わりを信じているので
そこまで必死に思っていない。)
そして、
大切なヒトがそういう目にあっても
ココロが飲み込まれないようにしたいって
強く思いました。
(※なかなか難しい)
これが
「わたしなりの納得できる答え」でした。
虫と人間を一緒にするな!!
と憤りを感じる方も
いらっしゃるかもしれませんね。
これは、
20年前のわたしのココロを守るために
自分が到達したひとつの捉え方です。
他人にこの考えを押し付けるつもりもなく、
今となっては、
もう少し違った角度で
世界をみている自分に気づきます。
自分の世界は、自分で創っている
と知ってしまったので
いかに自分の内側に注目していくか。
本来の自分のものではないものを
いかに手放していくか。(闇出し)
自分のココロを
どれだけ平和に保つか、
に意識を集中しています。
このことについて
もう少し、ツッコンで書きたいので
また時期を改めます。(いつになるかな)
(私信・ゆっこちゃん、遅れてごめんね。)
今日は以上です。
ありがとうございました。

