前記事に
たくさんのコメント本当にありがとうございます。
確かに確認しようがない宇宙(神)のことを
「善悪はない」
と断定するような言い方をしてしまいましたね。
▼▼▼
これは、あくまでも
夢うつつ状態のわたしが
感じ取ったものです。
それが自分にとって
最高に心地いいものであったので
自分の中に取り入れ採用しました。
すべて自分基準です。
わたしも勝手なことを自由に書きますので
皆様もご自分にとって心地よくないものは
どうか!!中に入れずに
採用しないで欲しいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
ーーーーー
では、
宇宙に善悪はない、と言っても
地球にはあるよね!!って話なんですけども。
なぜ?
この世界に善悪があるのだろう
と考えていたら
あっ!善悪の実を食べちゃったからね
....に行き着いたんですね。
この善悪の実を食べちゃったことから
2元的思考が生まれたのか!!と思ったんです。
あれを食べなければ
そのまま
楽園であるエデンの園で
パラダイス状態で天国を味わって
暮らせたというのに。
ここから
人類に「死」が入ってきたと言われている。
つまり、
善悪の実を食べちゃった瞬間に
この世界に
善悪という二元性が生まれたのだと
思いました。
善悪、上下、自他、左右、優劣、陰陽、美醜、
表裏、内外、天地、男女、+−、是非、正負、
...などなど。
我々は、
この三次元の物質世界である地球に
喜び勇んでやってきて
二元性を体験しにきた。
愛しかない楽園(天国)から
わざわざ苦しみを体験しにきただなんて
すべての地球人が勇者なのだな、
と感動します。
こうして人間は、
二元性を体験し、
喜びだけでなく苦しみも味わって
魂を磨いているのかと。(勇者)
でもどうやら、
この二元的思考に飽きたのか
二つに分けることなくね??
って気づきはじめちゃった魂が
続出しているらしいとのこと。
これが所謂、統合ってやつ。
2極である片方だけを善し!!とし
もう片方を悪として排除する考えから
両方あってイイよね!!
と気づくことで
2極が統合され、
アセンションっていう次元上昇が起こるらしい。
長所も短所も両方あってイイんだ!
成功も失敗も両方イイんだ!
優しい時もイライラする時があってもイイんだ!
健康も病気も両方あってイイんだ!
自立したり依存したりどっちもあってイイんだ!
全部ひっくるめて「わたし」なんだ♪
何ひとつ欠けてなかったんだ♪
「わたし」も「あなた」も素晴らしいんだ♪
このように丸ごと受け入れることが
できたときに
2極の統合が起こる。
それには、やはり
善悪を判断している物差しを
外していく必要がある。
この『善悪判断』の物差しは、
「今」ではなく「過去」に作られました。
すべて過去の記憶から善悪を判断している。
その記憶は、ほぼ心の傷みです。
傷ついたココロを癒す必要がある。
だから闇出しなんです。(やっと辿り着いたw)
人から否定された経験から
ココロの中に傷み(闇)を抱えた。
人に咎められないように、
人から褒められるように、
怒られないように、
ダメなやつって思われないように
といった
外からの評価にパワーを与えるので
「これは良いことか?悪いことか?」
「これは正解か?間違っているか?」
と毎秒毎秒、考えています。無意識に。
そして、
自分のその判断基準(物差し)から外れた人間を
裁くようになります。
他人だけでなく自分のことも。
たくさんの判断基準(物差し)を持ち
人を評価する側の人間が
知性的で立派だとされているこの社会なので
我々人間は、
子どもの頃から良い評価をもらえるよう
頑張って生きてきました。
そして、
たくさんの物差しを持つようになった。
このたくさんの判断基準を持って
評価する人間がえらい、
みたいな風習って
結局、
「神様は人間を裁く」
といった
神話とか童話の影響なのかもしれない。
神様は人間を評価して裁く者
という
思い込みから生まれたのではないかと。
だから、
人間は神様により近づくために
なるべく多くの判断基準を持つことに
必死になった。
人を裁く基準を多く持った者が
神に近い人間であるから。
でもここへきて、
どうもそうじゃないらしい
と気づいちゃった人間が続出してきた。
神様って愛しかないよね!!と。
神様が人間を裁くことはなく
善悪判断の物差しを持っていることこそが
苦しみの源だったのか!!と。
こちらの記事にも出てくるのですけど、
禅の言葉、
「善をも思わず 悪をも思わず」
人間は、
善悪の判断をしようとするから
悩み苦しむ。
神様は物差し持ってないよね!!
だから、
物差し持ってたら苦しいんだよね!!
ならば、ポイポイしよう♪(闇出し)
ポイポイしはじめた人間が
たくさん出てきたおかげで
次元上昇がすすんでいるのだと思いました。
今まで信じていたこととは
真逆のことが起きている。
今までのやり方では
どうもうまくいかない、
と気づいた人間が
真逆説をやりはじめたということ。
ちょっと長くなったので
記事を改めます。
今日は以上です。
ありがとうございました。



