ご訪問ありがとうございます。
今日は、
こちらの記事でご紹介した動画の続きをお届けいたします。
スマホの動画を整理していましたら
見つけました。
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地球に生まれたということは
「生き物」になったということ。
「生き物」だから「カラダ」を持つ。
地球に生まれたということは
「カラダ」を持つ、ということ。
だから、
自分の「カラダ」を護って欲しい。
続きです。
(録画日2017/05/17)
まず、宇宙があるでしょ?
それで、宇宙から地球までいって
ハートの中に入って、
そこで出口の玄関に居て・・それで
つくられて
・・こうやって、ガラガラガラピーーーン!ってつくられて
ガラガラガラ〜って、
どんどん・・ピーーーン!って続くんだから。
(※どんどん人間がつくられてゆく)
人間が、赤ちゃんがクルクルクル〜〜って
ハートの中に入るでしょ?玄関。
ここにあるのね、機械が。(き・き・・機械て!)
ガラガラガラ〜ピーーーーーン!ガラガラガラピーーーーン!って
どんどん続くの。
ガラガラガラピーーーーン!
で、終わりました。
それで後のヒトが・・・あの〜宇宙では・・あの〜・・
神様が名前を呼ぶんだよ。
それぞれ順番に〜赤ちゃんが来る・・順番。
1番2番3番4番5番・・とか。
だから、神様が〜
(※ピー音入ります。長めです。)
神「はい、1番目〜〜!
☆☆〇〇く〜ん!
・・なんとかなんとか君、なんとかなんとかちゃん、
なんとかなんとかちゃん
はい!GOーーーー!いきましょう!宇宙に(地球に)」
ピューーー!っていくでしょ?
それで、ガラガラガラピーーーーン!ってなって
神「はい、2番目〜〜!
なんとかなんとか君、なんとかなんとかちゃん。」
(ピー音入ります。)
〇〇くん、本当はね、1番だったの。
それで、ぴ〜ちゃんは、うーーーーーん・・ちょっと
「お先にね〜♪」って(地球に)行ったけど
それは、ゼロ1番だったの。
ゼロと1番の間!・・くらいに行ったの(地球に)
それで〜
神「2番目〜なんとかなんとか君、なんとかなんとかちゃん」って
呼ばれてそれで
ガラガラガラっていって
ガラガラガラピーーーーン!って入って
お腹の中に入って
・・・・・(子宮での暮らし)
パァーーーーーン!!!生まれたーーーー!!
生まれた。生まれた。生まれた。
それで、
「あぁ〜可愛い〜♡赤ちゃんね〜」
・・ってお母さんが言うでしょ?
それで、
カラダは絶対!護んなきゃーー!
宇宙に・・宇宙から・・あの〜〜〜宇宙の時も
(※ピー音入ります。長めです。)
宇宙の時から〜
〇〇くん・・〇〇・・〇〇くんが・・・
自分がおじ〜ちゃん・・100歳になるまで
あっ!!ずーーっと生きていけるまで〜
カラダを絶対!!護っとかなきゃー成長はのびないからね。
P「なんの成長?」
自分の成長。(生きていける存在)
それで、成長はね〜すごく大事!!
命とかも〜護んないと!自分のカラダは成長しない。
それで、
ずーーっと!天国でもずっと!カラダを絶対!護んなきゃダメ!!
だから、
ちゃんと自分のカラダをちゃんと!護んなきゃ成長しないからね。
ちゃんと自分のカラダを護ってね。
今日はこれで終わります。
ここでも息子は、
『カラダを護る』と言っています。
カラダを護る、命を護る
・・と息子はよく言うのですけど
具体的にどうすればよいのか
考えたところ、
上記のリブログ記事でも書いたのですが
「カラダ」があるからこそ感じることのできる
三大欲求。
この基本を満たすことが「カラダ」を護ることになるのではないか、と。
「カラダ」様のトップに君臨する要求とは、
3大欲求だと思います。
食欲、睡眠欲、排泄欲。
食べて寝て出すこと。
「カラダ」がなければ感じることのできない3大欲求。
この基本を満たすことが
「カラダ」を大切に護ることになるのだと思います。
(ブログ記事抜粋)
もう少しツッコンでみると、
やはり
「安心」することが大事なのだと思います。
心を安らかに保つこと・・安心。
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「カラダ」を護ってね。「命」を護ってね。
息子が強く伝えたかったこととは、
これです。
心とカラダを安らかに保ち、
与えられた命・・天命(天寿)をまっとうすること
これが大事なんだよ、と。
心身を安らかに保ち、天から授かった命を大切にすること。
こんな言葉を思い出しました。
安心立命(あんじんりつめい)
[意味]
自らに与えられた天命を悟り、心を安らかに保って悩まず動揺しないこと。人事を尽くした後は天命に全てを委ねて、いかなることが起ころうとも心が乱されないという達観した境地・覚悟。
『安心(あんじん)』は、心が安らかであり乱れないという仏教語。『立命』は、天命を知って自己を確立するという儒教の言葉。仏教語では、『あんじんりゅうめい』『あんじんりゅうみょう』という読み方をすることもある。漢字は、『安心立命』以外にも『安身立命』とも書く。
[出典]
『景徳伝灯録(けいとくでんとうろく)』の10章
http://esdiscovery.jp/knowledge/kotoba2/yonmoji014.html
絶対的な安心感とは、
なにがどうであれ、我々はいつだって護られ救われている
と確信することだと
わたしは思っています。
これはもう、理屈ではなく
理屈を超えた域だと思います。
そうなのだからしょうがない・・的な。
我々は、
絶対的に護られ救われている。
すべては神の手中。
そして、この世は夢である。
「お先真っ暗だ!この世の終わりだ!」と
泣きながら悪夢でうなされているヒトがいる。
「安心しなさい、それ夢ですよ。ほら、大丈夫ですよ。安心ですよ。」
・・神様はいつも耳元でそう囁き続けているのだと思います。
「神様はいつも護ってるよ。安心だよ。」
息子がそう話すので
わたしも心からそれを信じているんです。
つまり、
絶対的な安心感を得られます。
それにしても、
地球にやってくるときに
「ガラガラガラピーーーーーン!」ってなるらしいのですけど
P「(わたし達人間)ガチャガチャみたいだねw」と言ったら
息子、大爆笑しておりました。
だって次から次から
ガラガラガラピーーーン!ガラガラガラピーーーン!てw
完全にガチャガチャじゃないですか。
面白いです。
そっか・・夢だしな。
最近のわたしは、
辛いこと、悲しいことに遭遇したとき
「おっと〜!これは夢だった。深刻になる必要はない。まぁ〜いいや。」
と穴の中から出られるようになりました。
「これは夢だ。」と気づくこととは、
視点が高くなることだと思います。
視野も広がるので、気持ちもラクになります。
気持ちがラクになりリラックスすると
問題の解決案が閃いたりして
結果、大いに安心する
という素晴らしいオチ。
そして、
自分がどんな人間であろうと、なにを考えていようと
絶対的に救われている
・・という安心感。
今回は、この「カラダ」を持ち地球にやってきた。
天から決められた寿命の中で
できる限り楽しもう(経験、体験)と思います。
(※楽しむとは、辛くて悲しくて泣くことも含まれます。)
夢ならば夢なりに。。。。
今日は、以上です。
ありがとうございました。
