息子は、日頃から
『アイ・メッセージ』を巧みに使いこなしています。
私が勢いよく怒っているというのに
「◯◯くん、今の(言葉)すっごくかなしい!」
とアイ・メッセージで攻めてくるのです。
2人で言い合いしているときに、
少しでも
相手のせいにしようものなら
私は怒り狂っていました。
「だって、ぴ〜ちゃんが〜。。」
と言おうものなら
私のせいにするな。
自分はどう思うのだ、
・・と詰め寄る。
わたしも偉そうに。
そのおかげかどうかは分からないのだが
ケンカ中にアイ・メッセージでガンガンに攻められることになった。
「◯◯くん、かなしい!」
「◯◯くん、今かなしくなって泣きそう!」
◯◯くんは〜。。。◯◯くんは〜こう思っている!
と主張。
そんなんもう、
こちらは何も言えなくなる。ぐうの音も出ない。
なんという高度な技を伝授してしまったのだろう
と少々後悔している。
——先日、おばあちゃんと別れたあと
息子が
「◯◯くん、さびしい。。」
とポツリと言った。
両親揃って遊びにきてくれて2人が帰ったあとにも
必ず息子は、
「かなしい」ではなく「さびしい」と言っていた。
もっともっと幼き頃から彼は、
「さびしい」と「かなしい」
を使い分けている!!
ということに今更ながら気が付いてしまいました。
そこで彼に問うてみました。
「さびしい気持ちとかなしい気持ちってどう違うの?」と。
この件は、遥か昔に
私も夜な夜なプチ哲(プチ哲学)ったことがあったのです。
彼は手を使ってジェスチャー付きで答えてくれました。
「さびしい気持ちはね、
こうしてくっついていたのにね、離れてしまうから寂しいの。」
なんと!
私が遥か昔に辿り着いた答えと全く一緒だったのです。
わたし「じゃぁ〜『かなしいきもち』は?」
息子「『かなしいきもち』はね、心がきゅーーーってなって泣いちゃうの。」
もうなんか。。
言っていることが素晴らしすぎて鼻血でちゃうんですけど![]()
この子は6歳だけど
私の師匠なのかもしれないと思いました。
いや、彼は
年齢詐称しているに違いない。
もしかしたら、私がプチ哲すること全て
息子に教えを請うたらよいのかもしれないと思いました。
そう、「さびしい気持ち」と「かなしい気持ち」には
明らかな違いがある。
「さびしい気持ち」は、
ずっと一緒だったのに離れてしまった。
そばにいて欲しい、近くにあって欲しい
モノでもヒトでも
今は、その存在が『無い』ことに対して感じる感情なのだと思う。
「かなしい気持ち」は、
まさに息子が言うように
心がきゅーーーっとなって泣きたくなる気持ち。
こうあって欲しいのにそうならなかった
・・という状態に接して
心が痛む気持ち。
——これについてプチ哲った私は、もう大人になっていました。
ド若い頃でしたけど成人していました。
当時の知人が彼氏と別れて落ち込んでいるときに
彼女がこう言ったんです。
「さびしい気持ちが消えてなくなる薬があれば
すぐに飲みたいのに。」と。
なんて可愛らしいセリフを吐くんだ!
と感動した私は、
さびしい気持ちについてプチ哲ったのですね。
ひとつだったのに離れた。
これが私の辿り着いた答えでした。
息子と同じ答えでした。
さびしい気持ちを消す薬が開発されたら
やさしい気持ちもこの世からなくなってしまうのではないか?
結局そんな結論に至り、
彼女には
「さびしい気持ちを消す薬は『時間』だ!」
・・というありきたりな慰めを贈ったのでした。
(飛んでる)
「さびしい気持ち」があるから
「愛したい」「優しくなりたい」「強くなりたい」
という気持ちが生まれるのだと思います。
あの天下の大スター、ヒロミゴーさんも熱唱されておりますしね。
逢えない時間が愛育てちゃうんですよね。
これは特定の相手にだけでなく
逢えない時間(さびしい気持ち)が
自分の中の愛を育てる
という意味で私は捉えています。
ひとつだったけれど離れてみないと
愛とかそういう気持ちって伝えられないよね。
離れてみないと分からない気持ちもたくさんありますよね。
あれ?今日のワシ、
なんかいいこと言うてるw
言いたいことは以上だ!
ということで、今日もありがとうございました。



