私がまだド若い頃、学生時代ですね。
当時の、ある友人に
「あなたは恵まれてるからいいよね。」
と頻繁に言われていました。
その後に続く会話は、
「それに比べて私は〜〜」
・・と決まって自分の不幸自慢が続く。
(私が特別恵まれていたわけではない。)
「あなたは恵まれた人生だけど私はこんなにも苦労している。」
という話。
当時は「不幸」とか「苦労」が
カッコいいと思われる風潮があったように思う。
今考えると変な時代なんですけどね。
そもそも、
他人の人生と自分の人生を比べることは時間の無駄で
意味のないことだと思います。
アホみたいに、不幸話、苦労話ばかりする友人。
私も若かったので
彼女を救いたい、幸せにしたい
・・とかおこがましいにも程がある態度でいたんですね。
私の中身は完全なる男なので
話を聞いて共感するということができず
解決策、改善策ばかりを偉そうに提案するばかり。
ある時、
彼女は不幸や苦労が大好物なのだ。
不幸と苦労が趣味なんだ
・・と気付いたんです。
そう思うまでに相当な時間を費やしてしまいました。
私が彼女をどうこうしなくても
彼女の中には幸せを掴む力がある。
困難を乗り越えられる力が存分に備わっている。
彼女を幸せにできるのは彼女だけだ。
そう信じて
そこからバッサリ付き合うのをやめたんです。
縁を切ってから
かれこれ15年?くらい経つのではないかと思います。
私は彼女のおかげで
人に口だすことをやめました。
皆それぞれに力があるということが分かったからです。
たまに
友人知人から悩み相談をされたりすることもあるのですが
聞いて、肯定するだけです。
心の中では「大丈夫」という念を送っています。
それがどうでしょう。
我が子のことになるとてんでダメなのです。
重ね重ね口だしします。そして批判します。
口出し批判大魔王になってしまうのです。
母親である私がどうこうしなくても
息子の中には幸せを掴む力がある。
困難を乗り越える力がある。
息子には宇宙レベルの力がある。
そう思っているのに気が付けば
イチイチ、口をだすということは、
私は息子の力を信じていないということになります。
それを見透かしたかのように
息子は、事あるごとに言います。
「ぴ〜ちゃん、もっと◯◯くんのこと信じてよ!」
「◯◯くんの好きにさせてよ!」と。
——たくさんのきょうだいを育てている
大家族のかーちゃんというのは
末っ子に対して
「生きてるだけでいい。」という認識なのだそうです。
ひとりひとりをじっくり見ていることなど出来るわけもなく
視界の端っこにうっすら入っていればいい
・・という
その雑さ加減がとっても素敵で憧れます。
私には息子一人なので
いくら隠そうと思っても
己の必死さが露呈されてしまうのです。
視界のど真ん中に息子を映してしまうのです。
だからなるべく半眼を心がけたいw
▼
※半眼(はんがん)で息子を見る
http://ameblo.jp/peesuke3/entry-11547890887.html
「生きているだけでいい。」
そんな究極なレベルまでには到達できないけれど
大家族かーちゃんのように
大らかな心を見習いたいと思いました。
これから私は、
息子のことを我が家の末子と認識することにしました。
口うるさく言いたくなったら
「生きていればいいや。我が家の末っ子よ。」
と心の中で唱えようと思います。
ということで、今日もありがとうございました。


