このブログは、家族公認なので我が母も当然のようにチェックします。
母親のことを書くと、
度々クレームもどき(?)なものが入りますw
母「私、あんなにキツい言い方していない。」
私「え??そんなにキツい感じに書いたつもりないけど・・」
と言ってみれば、
『!』このビックリマークをつけることによって
読み手にはキツい言い方に感じられるのだそうだ。
はいはいそうですか・・と
母のセリフにはなるべくビックリマークをつけないようにした。
ですが、今回この記事を書くと
ものすっごいクレームがくるかもしれない。
というか反論だな。
これは私のブログなので一方的に私の言い分だけが載ってしまう。
母の言い分もあるだろうと思うので、
後日、メールで送ってもらいそのままをこちらに載せることも考えております。
はい、ここまでが長々と前置き。
本文に参ります。
(相変わらず長いです。スイマセン)
先日、母が来てくれているときに
母は、「そして父になる」という映画をテレビで観ていました。
どうでもよいですが、ワタクシ是枝監督のファンであります。
ファンでなくともこの映画は当時大変話題になりましたね。
日本アカデミーでは賞総なめ、国内に限らず海外での評価も高い映画でした。
結局、子供は交換するのか?
血を選ぶのか、時間を選ぶのか。
そんな映画だと記憶しており
私はPCの前に座り音声だけを聞き流しておりました。(しかも途中から)
ちょいちょい母の解説が入りながら物語が進んでいくなかで
ワタクシも一応、人の親、
息子が実は私の子供ではく、他人の子供だったらどうするだろう
と悶々と考えておりました。
耐えられませんでした。そんなこと考えられませんでした。
辛すぎる・・今にも泣きそうや。
画面を観ておらず、音声を聞き流しているだけなのにこの感情移入具合w
するとなんと!!
当時の看護婦が故意に子供を入れ替えていたことが判明!!
わざとて。
怒りという言葉では表現できないほどの感情が沸き起こった。
『シねばいいのに。』(看護婦に対して)
私はそっと呟いてしまった。
すると我が母が間髪入れずに大いに反応した。
母『え?歪んでるんじゃないの?あなた。
何か心が荒んでる。そんな言葉聞きたくない。』(←ビックリマークをつけたいw)
息子に『バカ』と言ったら自分のことを言ってるのと同じことなんだよ。と
言ってるあなたがそんなこと言うなんてどういうこと?
⇒”そんなバカな・・”
母「それ本気で言ってるの?」
嫌悪感丸出しにそう言われ、
ワタクシ、全くスルーすることができずに噛み付いてしまったのです。
「えぇ~本気で言ってますよ!シねばいいのにと本気で思いましたよ!
あなたの前では思ったことを素直に言うことも出来ないんですねぇぇえええーーっ!」
やはりそうだ、
やっぱりそうなのだと母親に対して一気にシャッターを下ろす。ガラガラ~♪
こんな過激なセリフ、外で言った訳ではない、ましてや他人に向けて言った訳ではない。
家の中で家族しか居ない場所で、
映画の中の人物に言ったのだ。(息子はとっくに寝ている)
母はとっても正しい人だ。
以前、正しいことばかり言う母に
正しいことばかりが良いと思うなよ!的なことを言ったこともある。
母「せっかく楽しみにしていた映画なのに・・そんなこと聞きたくない。」
そう言われてワタクシ
そのまま映画の結末も分からないままお先に寝てしまいました。
翌日は何事もなかったかのように
お互い接しておりましたが、私は何やらモヤモヤが消えませんでした。
正しくて純粋無垢な人の前であんな過激なことを言うんじゃなかったと思う自分。
それに反して、
母の前で自分の本心を出すとやはりダメなのか?
ブラックな想いを持ってはいけないのか。
良い娘だと思うなよ、と毒づく自分。
息子を生む前までは完全にシャッターを下ろしていたので
またシャッターを下ろして生きていけば楽かもしれないという想い。
それに反して、
それでは今までと何も変わらない、自分の為にもそれはよくない。
母親との関係は私と息子の関係にも影響がでる。
そんなことをずっと考えていました。
この記事を公開すれば母を傷つけてしまうかもしれない。
けれども私も傷付いたのだ。
その証拠にあれから何だか気分がスッキリせずに何かあればその時のことを考えている。
これは自分の精神によろしくないとブログに書くことを決めた。
お母さんの気持ちも考えずに酷い・・と思われた方がいらっしゃったら、
ごめんね。
私はやはり自分自身を優先します。
今までは、自分が思っていたことを言えずにいたこともある。
けれども今は有り難いことにこのブログがある。
そして、母も読んでくれている。
今は伝える手段がある。
先日のホトトギスではないけれど
過激なことを言うブラックな想い満載な私も実は私なのだ。
私の娘なのにそんなことを言うなんて、と思われても
あなたの子供に変わりはないのだ。
私は、やはりシャッターを開けよう。
これからも言いたいことを言い、
母が耳を塞ぎたくなるようなことも言う。
ブラックで歪んだことも言う。
心が荒んでいるときだってある。何が悪い。
それもこれも私なのだ。いい加減諦めてもらおう。
家族って不思議ですね。
他人だったら華麗にスルー出来ることも家族だからこそスルー出来ない。
他人には素直になれるのに、家族には素直になれないということもありますな。
この出来事は土曜日のことなので、
5日程自分の中で葛藤した思いを温めてしまいました。
ブログを書くことによってやっと
鬱々とした気分から解放できそうです。
母が悪い、私が悪いとか善し悪しの問題ではなく
このようなことって
親子であればよくある、ただの親子あるあるだと思う。
深刻に考えれば、どこまででも問題は深刻にできる。
大したことない。
やっと今になってそう思えることが出来ました。
何かあってもイチイチ水に流してゆこう。
誰の為でもない、ワシ自身の為に。
⇒”水に流す”
こんなことが出来るのも



