以前、息子の一人称の呼び方を書いた。


そして、息子は私の心をやたらにぐーーーっとこさせる倒置法を使って話します。

⇒”息子の一人称”



どうしても自分がやりたいこと、自分が一番言いたいことを

ズバッと!はじめに言う。


『食べるのーーーコレ全部食べるのー!◯◯くんがー!』

『ヤダ!!だめでしょ!そんなことしたらダメでしょ!ぴ~ちゃんは。』
とかとか。


そしてまた息子は、ワタクシの心を鷲掴みにして離さない言い方をします。

それは、必ず文章の最後に主語、自分の一人称を持ってくる。


昨日の記事、パパはいらない・・というお話も

『パパ、いらないの・・◯◯くん。と言う。

決して、◯◯くんは、パパいらないの・・とは言わない。

『美味しい~~♪ぴ~ちゃんのごはん美味しい~♪◯◯くん。』とか


『保育園行きたくないの・・◯◯くん。』
とか


『怖かったの・・シャドーライン。トッキュウジャー来てくれて嬉しかったの◯◯くん。』


このような感じで、必ず文章の最後に持ってくる。

まぁ~これが倒置法同様、ぐーーーーっときまくってしまうのですが。



この技・・確かなんかあったよな?とGoogle先生にサクサクお聞きしましたら

出ました!体言止め。(名詞で終わらせる)


そうそう・・これこれ体言止め。


短歌や俳句・・詩でよく使われている技法でありますな。


柿くえば 鐘が鳴るなり 法隆寺 (正岡子規)


古池や 蛙飛び込む 水の音  (松尾芭蕉)


などなど、法隆寺や水の音という名詞で終わらせて

ぐーーっとこさせる技法。


この技法をこんなちーちゃい子供が自動的にしかけてくるので

ワタクシ、イチイチメロメロ・・萌え萌え三昧なのであります。


この倒置法や体言止めのぐーーーっときすぎる技法・・

ただそれだけに私は、メロメロになっているのではない様な気がして、

じっくりプチ哲学ってみると・・・

この『◯◯くん』という・・

最後に『ん』という音で〆られていることが、

私にとってとっても心地がよく気持ちがいいということを発見!!

だから、いくら二人でケンカをしていても

『やだ!もう~やだ!ぴ~ちゃ


『あっち行ってよ!きらい!ぴ~ちゃん。◯◯く


とこんな風に『ん』で終わらされると、なんていうのでしょう・・


あまり攻撃性が薄まるというか、優しく感じてしまうというか・・

音の響きの問題なので何とも言葉で説明できないのですが、

私は、この『ん』という音の響きのおかげで私達親子の暮らしが

随分と助けられているように感じる。


キョンキョンや深キョンやホリエモンとかブラザーコンとか、

バカボンにドラえもん、キン肉マンにマイケルジャクソン、ポケモン。

これらの方々も

恋人や家族がそう呼んでいたならば、(呼んでねぇ~よっ!)

ケンカも中々ヒートアップしていかないような気がする。


『嫌いだー!ドラえもなんて嫌いだーー!』

『のび太く・・』

『ドラえもーー!!』

『のび太くーーー!』(二人で抱き合う)


名前の最後に「ん』という響きはやはり心地がいいと思う。
(私だけ?かな?)


息子の名前は、最後に『ん』という音の響きではないので

無意識のうちに必ず『くん』をつけて呼ぶようになっていたのかもしれない。

考えてみると、息子に限らず友人達全て、名前に『ちゃん』と『くん』をつけて

私は名前を呼んでいる。それがきっと心地がいいのだと思う。

そして、自分のことも呼び捨てにされるのが苦手で、

名前に『ちゃん』や『さん』をつけるよう強要していた気がする。
(私のことをぴ~ちゃんと呼ぶのを断じて拒否る人に対して)


やはり無意識に心地のいい響きを選んでいたのですな・・。



息子はいつまで私のことをぴ~ちゃんと呼んでくれるだろう。

息子自身が恥ずかしくなってくる時期がくるだろうから、

やはり、オカ・・それか、かーちゃ・・

そう呼んでくれると非常に嬉しい。

ということで、今日もありがとうございました。

(土曜日の朝、私の膀胱がもっともってくれればもっともっと長く眠れるのに。膀胱の限界でいつも起きてしまう。8時間が限度なのかもしれない。本当は10時間くらい寝たい。膀胱がもつならば10時間以上寝たい。膀胱も老いるのでしょうな・・。最後までお読み頂き感謝であります。そして、いつも半笑いクリックをありがとうございます。)


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