どうでもよいが、またまた忘れてしまっていた。

今日は、父の日だったのですね。母の日に続き今回も忘れていました。


そういえば、

保育園でそういったイベント的な、まぁ~お父さんの絵を書くなどなど、

母の日にもなかったし今はそんな感じのものは無くなってきているのでしょうか。


息子は『おとうさん』という単語は知っていて、よく会話にもでてくるのだが 意味は分かっていないだろうと思う・・多分。

季節はずれの『おおきい まごいは おとうさん~~♪ちーちゃい ひごいは~♪』と大声でよく歌っているし、

昨日の初めての外食時に『おとうさんのお店にいく?』とわけわからない発言をしていた。

息子にとって『おとうさん』とは、今の時点でどういった感覚で捉えているのだろう。

いつの日か『おとうさん』について色々と聞かれる日がくるだろう。

先のことを考えるのは難しいので分からないが、

私は多分、そのままを息子が分かる範囲でお話するだろうと思う。

ただ、私には両親がいて父親のいない子供の気持ちは想像することしかできず 実際に体験することが出来ないので、

一生!息子の父親への気持ちは理解してあげられないだろうと思う。

であるからして、私は息子がいつでも自分の気持ちや思ったことなどを 気軽に話せる相手、

話を親身になって真剣に聞いてくれる大人でありたいと思う。


親は、子供を愛しているが

残念ながら親の愛情は子供に伝わらないことの方が多いのではないかと思う。

親の愛し方と子供がして欲しかったこと
が必ずしも合致するわけではない為、

子供は、もっと愛されたかったと思う。

親の愛し方を子供は「そうじゃないんだよ、こうして欲しいんだよ」と思うことの方が多いのではないだろうか。

親の愛情と子どもが求めている愛情は180度くらい方向が違ってしまうことが多いのではないだろうか。

親は、子供を愛しているから良かれと思ってのことも、

悲しいことに子供の欲求とは合致しないことが多い。


親の愛し方と子供がして欲しかったことが全て合致している親子は、 スーパー親子だと思う。ある意味無敵だ。

将来、息子ももっと愛されたかったと思うのだろうか。

私は、父親が居ない分・・父親のぶんまで!という気概はない。

自分のキャパシティをよくわかっているので、それは難しい。

どうしても私ひとりなので二人分は難しい。

自分のキャパを越えて何かを頑張ったりしてしまったら、当然息子に迷惑がかかることになってしまう。

無理して頑張って息子の反応がイマイチだったり、

自分の理想とするリアクションでなかった場合、

私は、必ず!「こんなに頑張ってやってあげたのに!!こんなに私は頑張ってるのに!」と息子に当たってしまうだろう。(離乳食を拒否された時はこんな感じでした)


私の出来る範囲のなかで精一杯という感じでいきたいと思う。

『僕は今悲しいんだ』とか『僕は辛いんだ』と親に言えるように。

それは完全に!私次第であるので、なんとかそうなれるよう期待します。

来月には3歳になる息子。 よくぞここまで無事で元気に育ってくれたと思う。

それだけでなんて親孝行なのだろうと思う。

そう思うと、 娘が(私です)、おばちゃんになるまで無事で元気に生きてくれている。 もう~それだけで親孝行ではないか。(イヤイヤイヤ(-。-;))

これもまた、子供が思うことと親がして欲しいことは、

必ずしも合致するとは限らないわけで。

まぁ~それはそれでしょうがないよね~~~ってことで
今日も本当にありがとうございました。


にほんブログ村