ホ・オポノポノを始めて思うこと、続きです。
私は娘をもちろん愛して可愛がっているのですが、なんというか…剥き出しの愛!みたいなのが凄く苦手なんですよね。
娘に表現することもそうですし、2歳の娘の掛け値なしの愛情にも、どう応えて良いか戸惑ってしまっていました。
まっすぐに目を見られなかったり、素直に笑いかけられなくてなんだかニヒルな笑い方をしたり(笑)。
素直な子供らしさというものに向き合うのが何故か、理由は分からないけれど辛かったのです。
インナーチャイルドを癒していないからでは…というのは、妊娠中から実母との関係がうまくいかなくなり、産後益々苦しくなってから気づいたことでした。
インナーチャイルドを癒すセラピーを何度か受け、その度にかなり軽くなっていました。
それでも、時を経るとまたまた苦しみが湧いてきて、どうしようもなくイライラするのです。
沈殿していた澱を少しずつ綺麗にするも、また浮かび上がってくる感じでしょうか?
確かに癒されてはいるものの、母とも娘とも問題を抱えてる(主に私が)状態でした。
『みんなが幸せになるホ・オポノポノ』を読んでみて、なるほどと合点がいったことがあります。
インナーチャイルドの記憶というのは、現世だけのものではないということ、宇宙創生からの集合意識の記憶までも内包していること。
つまり、クリーニングして癒す記憶は、今の人生のどこかで経験したことの方が少ないということなのです。
ああ、だからか~!って思いましたよ。
セラピーで癒しても、もうそんなに嫌な記憶も出てこない…なのになんでまだ同じことで苦しいのかな?とかなり気落ちしていたのです。
インナーチャイルド(潜在記憶)って、私の30ウン年だけの話じゃなかったのね。
そのインナーチャイルドの記憶をクリーニングしないために、娘を力いっぱい愛せない…それほど悲しいことはないです。
産後しばらくして顕著になったのですが、感情的な引っかかりがあると、胃と鳩尾のあたりが痛むのです。
娘に遊ぼうよーとされると、その辺りに違和感があって、向かい合えない。
そこで、あの4つの言葉をひたすら心の中で唱えました。お腹をさすりながら。
すると。苦にならないんですね、向き合うのが。
のんびり向き合える。素直に可愛がれる。一瞬イラっとしかけてもそこに囚われない。
やーすごい。俄然頑張る(っていうのかな)気になりました。
夜寝る前になって、少し疲れが出たのでしょうか、お腹にまた違和感が。
娘を寝かしつけてから、ただひたすらにクリーニングクリーニング。
涙が静かに流れます。いろいろ溶かされているかのようです。
とにかく毎日続けてみようと思います。
また気づくこと、変化も出てくるでしょうから、記事にしますね。