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ピア精神保健福祉士として

ADHD(発達障害の一種)の当事者であり、精神保健福祉士でもあります。当事者性を持つ専門職として、そして、専門性を持つ当事者として、「当事者」と「専門職」の架け橋になっていきたいと思います。

私が当事者会に出会ったのは、ちょうど「困難から学んだこと①」に書いたような「困難」にぶつかっているときでした。

 

発達障害のことは大学時代に受けた授業で出てきたので既に知っていて、当事者会に参加する何年も前から疑っていたのですが、そのときは、毎日楽しく生活できていて、結果もそれなりについてきていた時期だったので、しばらく蓋をして過ごしていました。

 

しかし、大学院で本格的に心身ともに不調が現れて、前々から疑っていた発達障害のことを本気で疑うようになってきました。

 

とはいえ、「障害」という言葉が重くて、受け入れられませんでした。

 

そこで、

「悩むくらいなら、発達障害の人たちに会ってみよう。」

と思って、SNS上で見つけた「発達障害の当事者会」に参加してみました。

 

そうしたら、自分と似たような人たちがいっぱいいて、心底、安心しました。
そして、初めて会う人も優しく声をかけてくれて、話を聽いてくれて。

 

「受け容れられた安心感」を感じました。


これは、現在運営している
「つむぎ 発達障害当事者会」

においても、理念として掲げ、大切にしています。

その後、診断を受ける勇気が出て、友人のツテで都内のクリニックを紹介してもらい、自律神経失調症とともに、ADHDの診断も受けました。

 

このときに参加した「発達障害の当事者会」では、主催者のシェアハウスで3次会、というのも行っていましたが、これがまた居心地が良かったです。

 

今思うと、この頃が懐かしいですね…。

 

その後、この当事者会にいたあるメンバーが、就労継続支援B型を立ち上げて、そのお手伝いをするようになったのですが、そのときに、精神保健福祉士のことを知りました。

 

私の場合は、当事者会そのものが精神保健福祉士を目指すきっかけになりました。

絶望の淵に立たされていたとき、新たな道を見つけられたのも、当事者会のおかげです。

 

なので、当事者会には本当に感謝しています。

 

その後、

「自分も当事者会や底にいる人達に助けられたから、今度は自分が助けたい。」

という思いで、私自身も当事者会のお手伝いをするようになりました。

 

実際に当事者会を運営してみると、神経をすり減らすような出来事に遭遇したり、負の側面を垣間見ることもありました。

 

「もうやめてしまいたい!」

と思ったことも、何度もありました。

 

けれど、こんな私を受け容れてくれて、新たな道を見つけさせてくれて、生きる希望を与えてくれたのも、当事者会とそこにいた人たちでした。

 

だから、その恩返しのつもりで、当事者会を続けています。

 

今後は、ピア精神保健福祉士として、当事者会の正の側面と負の側面を経験した当事者として、そして支援者として、両者の「架け橋」になっていきたいと思っています。

慢性疾患などを経験した人が、その経験によって、前向きな変化や得たものがあったと感じることを「ベネフィットファインディング」と呼びます。

 

病気になることで、「前向きな変化や成長があった」と感じている人は、リカバリーも進んでいることが統計的にわかっているそうです。

 

さて、私の場合ですが、学生時代に母親が乳がんになり、大学院の学業と仕事を両立させようとしたら、重い自律神経失調症になりました。

 

そして、その際にADHDの診断も受けました。

 

さらに、大学院は退学にすることになり、頂いていた内定も破棄になりました。

 

このときは絶望の淵に立たされ、毎日毎日が不安でたまらなくて、こんな人生が続くなら死んでしまったほうがいいかもしれない、とまで思いました。

 

自暴自棄になって、不安を和らげるために水を1日に何リットルも飲んだりしてました。

 

そんなある日、どうしたらいいか分からなくなって、無意識のうちに道路の真ん中に飛び込んでしまいました。

 

そのときに我に返り、

「死ぬくらいなら、1回死んだつもりで人生をやり直そう。」

と思いました。

 

そして、今までやっていた数学をきっぱり切り捨てて、精神疾患や発達障害の人たちと関わる仕事がしたいと思うようになりました。

 

その後、紆余曲折を経て、精神保健福祉士のことを知り、精神保健福祉士の資格取得を目指す運びになりました。

 

この経験から、以下の様なことに気づきました。

 

①うつ病などの精神疾患に関する理解が深まった。

②自律神経失調症で日常生活がままならない状態になり、当たり前のことが当たり前にできる「普通」の生活がいかにありがたいか、ということに気づいた。

③手放したり諦めたり、思い切って方向転換することも大事だということに気づいた。

 

ただし、ADHDを抱えながら精神保健福祉士の資格を取ることは茨の道であり、この後、さらなる困難が待ち受けていました。

Facebookなど、SNSの投稿では、記録として残らないと思ったため、アメーバブログを開設しました。


マイペースに更新していきたいと思いますので、皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。

さて、私の自己紹介を簡単にした後、今後の目標についてお伝えいたします。

私は、ADHD(発達障害の一種)の当事者であり、精神保健福祉士でもあります。

 

当事者性と専門性の狭間で「揺らぎ」が生じることもしばしばあり、当事者からも専門職からも理解されず、どっち付かずで辛い立場であると感じたこともあります。

 

しかしそのような中で、ピア精神保健福祉士としてできることを考えた結果、

「当事者性を持つ専門職」として、そして、「専門性を持つ当事者」として、

「当事者」と「企業人・支援者・専門職」の架け橋になっていくことが、私の役割なのではないかと気づきました。

これは、ある発達障害の支援に関わる専門家の方がアドバイスしてくださりました。(感謝!)

「当事者」と「企業人・支援者・専門職」の間には依然として「溝」を感じておりますが、それぞれが協働できる社会を目指し、できることから始めていきたいと思っています。