ついにじーちゃんが入院しました。
いつか転んでしまって痛くて動かなくなりました。


で、こりゃまずいとなり、入院。

膝に水が貯まっていて水を抜きました。


水抜いただけ。。。
CTとってレントゲンとって採血して、心電図とられて。
水抜いただけ。


入院決まって一目散に病院に行く途中脳内でついにじいちゃん逝ってしまうのかなんて危篤状態にしていたよ。ごめん。じぃちゃん。

水抜いただけだったね。
ごめん。
体育会系だったね。運動部の思春期かって言いたくなるほどの処置だけだったね。

88歳にして初めての入院はまさかの整形外科。
あっぱれだぜ。
100歳まで生きると言い切るじいちゃんですから、まじ実現してくれるんだろうな。

三日目にはベッド柵楽々にまたいでいて、看護師さんには悪いけど、誇り高いうちのじいちゃんと胸を張りそうになりました。

早く帰ってきてほしいです。
まじで。
ばーちゃんがじいちゃんいないから寝れんかもとか言っちゃって。ガチ寝したくせに。
ばーちゃんに大変やねっていったらしょーがない、自分のじいちゃんだからだって。
覚悟決めてるな、腹据わってますなーと思いました。
入院初日、若干弱りぎみだったじーちゃんを見て、ありゃまだまだ死なんわと呟いたばーちゃんの目は確か!だって水しか抜いてないからね!膝の!!となりました。


夫婦ってやつはすごいものだね。


いつか忘れたけど、高校生の時、ばーちゃんとじいちゃんが喧嘩していて仲裁に入り、ばーちゃんにじいちゃん最低だと罵倒したらあとになって電話かかってきて、『あんな人やけど、やさしいところある』とまさかの擁護電話でひっくり返りそうになったこともありました。


また別の時には、痴呆万歳ってなってからじーちゃんのいいところをばーちゃんに聞いたら、嫁いでから今までいついかなるときもずーっとお茶を入れた時にいい方を必ず自分に渡してくれると言っていました。


なんだかねー。すげー夫婦だわとあっぱれだよ、と孫は思うのでした。

昔、わたしが交通事故にあった時、たまたまうちでじーちゃんはお経をあげていたらしく、怪我無く無事だった不思議なことがありました。

高校時代は、ずーっと送り迎えをしてくれました。
大学の合格発表は一緒に見に行きました。
20頃幼馴染みが結婚するとかしないとか噂になっていたときには、ばーちゃんをうちにも女の子がいるからとたしなめたと聞きました。
わたしが結婚する時には家具屋にある家財道具を揃えてあげると決めていたと聞きました。


高校の合格が決まった時、酔っ払ってじいちゃんは嬉しいと泣いたことがありました。
あとにも先にもあの時しか泣いていた姿をみたことがありません。

最初で最後のじいちゃんの涙はきっと一生忘れないと思います。

あの涙が無ければきっと私はここにいないだろうし。


やはり結構じーちゃん子なんだなと思います。
曾孫を抱かせてあげたかったと、なかば諦めぎみですが。
諦めず抱かせてあげたいですね。曾孫。
もうわたしのことは誰だかさっぱりわかっていないけど、抱かすなら産んでみせよう曾孫ちゃん。そんな簡単にいかねーよってなぐらいさっぱりな毎日ですが、100歳まで生きる野心には負けていられない。

あとね、ばーちゃんがさ、ぼそっとご飯炊こうと思ったけど、一人だからどうしようか、ひとりで五合は多いと呟いていて。

一日半で、五合のご飯を82歳と88歳が食べていたらしい。

おかずが無いからねっ、ドヤついて。恐るべし高齢者。
そりゃ長生きだわと納得です。

十分長生きですが、まだ長生きしてほしいです。