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★ぴいの腹ン中★

ぴいの頭ン中はもちろん、腹ン中をつれづれなるままに…

5年前の投稿

毎年3月には同じことを考えてるみたいだ、私

4月に自分の誕生日があるからか
1年の始まりが4月の感覚

なので、今年も例に漏れず...

さて4月!
リスタートに相応しく
小さな変化の積み重ねを楽しみながら
新しい私を発信します


今後ともなにとぞ
よろしくお願い致しますm(__)m
まもなく
『平成』が終わりを迎えようとしています


昨年から今ここに至るまで、“引退”や“終了”を宣言する方のなんと多いことか


私が平成元年に所沢校舎一期生で入学した大学も、その所沢校舎のみがこの2月に幕を下ろしました


なんだか私も便乗しているみたいですが
実は、昨年の2018年をもって
俳優活動を無期休止としました


昨年10月に、数名の同期生と所沢校舎ツアーをして、30年前に思いを馳せながらいろんな話をしました
『原点回帰』その言葉がぴったりくる時間を過ごし、そして決心しました


近しい方々にお話ししたり、Facebookではさらりと触れたりしましたが
区切りというか、ケジメというか
活動していた約7年の間にご縁を結んだ方々があまりにもたくさんいらしたので、やはりきちんとしたいなと考えました



2000年12月
20世紀の終わりと共に、私の舞台での俳優活動はフェイドアウトしました

まさか再び舞台に立つことになるとは
と、復活を遂げた2012年3月
今から7年前

そのチャンスを与えて下さった【X-QUEST】のトクナガさんには、本当に感謝しています


自分の時間軸があってないような、主婦で母親の生活をしていた約11年間
その11年間の私も間違いなく私だったけれど
稽古の行き帰りも含めて、私だけの時間を得た時の感覚は本当に不思議だった

なんて貴重な時間を過ごしているんだろう、と胸がつまった
公演がすべて終わり、打ち上げから帰り着いた時は、つま先指先まで血が通っている充足感を認めざるをえなかった

それくらい、また演劇をするということは
その時の私にとって特別でした


そして、そこから7年
ずっと、ずっと走っていました
11年眠っていた時間を取り戻すように、空いた隙間を埋めていくように舞台に立ちました
有り難くもそのチャンスを与えて下さったみなさん、ありがとうございました


特に、【松田真子】の太田さん【劇団競泳水着】の上野さん【新宿公社】のひろくん【ワニズホール】の古賀さん

たくさんお世話になりました
本当に感謝しています


そして
私が立つ舞台に足を運んで下さったみなさん、陰ながら助けて下さったみなさん
応援、ご協力を本当にありがとうございました
観ていただける喜びをいつも噛みしめていました、嬉しかったです


そしてそして
共演して下さったみなさん
大好きな人が溢れていて困ってます
ありがとう



『原点回帰』はもちろん本当ですが
家庭の事情や私自身の身体のことなど、理由は様々あります

でも、今がその区切りの時だという強い勘(直感)を信じて、次なるステージにしっかり進んでゆきます


処変われど
いつでも私に出来る精一杯でこれからも取り組んで参ります



        平成31年3月  松永直子
【新宿公社】『13番地のパブロ・ピカソ』本当にたくさんのお客さまに観ていただき、全8ステージすべて無事に終演しました!

ご来場下さったみなさま、本当にありがとうございましたm(__)m

応援して下さったみなさま、ご協力頂いたみなさま、スタッフのみなさん、共演者のみんな、新宿公社劇団員

本当にお世話になりました、ありがとうございましたm(__)m


旗揚げ公演に参加した時

「旗揚げに参加したことを自慢できるような団体になって下さい」

なんて、偉そうなこと言っちゃったんだけど

第4回公演にして、出演者も多方面に活躍する俳優陣、連日ほぼ満席、【新宿公社】の名前を知ってる人もたくさん

あっという間で驚いてる


今回は、実在の人物が登場人物の半数以上を占める話で
私が演じた“ベルト・ヴェイユ”は、若き時代のピカソを支えた画商

(撮影:石井俊さん)

若い頃のパブロ・ピカソ
ホントに愛しい存在でした


実在した人物を演じたからなのか
同化具合が普通と違い、なんだかまだ離れがたい
こんな風に寂しいなぁと感じるのは、本当に久しぶりだ


私だからこそ、の役どころになっていたと思っているが、どうだったかしら


しばしの余韻に浸りつつ
また当たり前の日常をしっかりと
劇的に過ごしていこう


ありがとうございましたm(__)m