綺麗事ばかりを。と揶揄する人達も確実にいるこの世情で、意味なくとも丁寧に説いていきたい、

そんな思いがある。
元はカウンセラーだ、私は。
根性がいる、人に理解してもらうには、
人間の感覚はその経験値で絶対的に違う。

最後はだいたい私のあまりのしつこさに、
どっちでもいいです。となることの方が多い。
なんとなくわかったような、どうでもいいような、、、
どうでもいい。に傾くことであれ、
ポジティブ角度が多い方がいいに決まってる。
恨み怨みネガティブ嫉妬敗北感。のままより、
ポジティブなどうでもいい。はよほどか意味がある。私が世情の中で一番の敗退者であっても、
この思考回路は変わらない。

マルシャル・ロサダ氏が発見した ポジティブな発言:ネガティブな発言の比率が「2.9:1(約3:1)」を上回ることで、人は幸福感を感じ、良好な人間関係や信頼関係を作ることができるという法則です。

平和を作るものは、意外とこんな単純なものの連鎖だったり或いは無関心の方が平和は保たれる。

「ポジティブな発言」とは、感謝、共感、賛同、激励などの言葉。
「ネガティブな発言」とは、注意、指摘、否定、叱咤などの言葉。

この絵はカディンスキーの印象IIIという絵画なのだけれど、音楽の印象を絵にしたらしい。
そうだよなぁ。と思って見ていた。
黒の比率もまぁまぁ多い。
私が日本人の音楽を聴きすぎると疲れる一因ではある。彼ら彼女らも芸術家なので、
それは仕方ないこと。であって、それもまた芸術。だ、、、なので佐野元春さんと宮沢さんしか聴かないと決めた。

私が目標としていることは、
あくまでもピースボランティアの為に人間の本質を考え続けること。オノヨーコの思想を継承していく努力なんだと思う。
あとは芸術。を愛し続けることだけ。
その芸術に住んでいる人々が乾いた干物みたいな時代だけはどうしても避けたい。
から、日本の代表は2人だけにしてみました。
のような、、、なんの意味もないけれども。

インドラの網。を皆さんご存知だろうか。
私は今日知った。
連鎖の意味についてずっと考えていると、
ちゃんと出会えるものだ。

宮沢賢治『インドラの網』

無数の宝珠ほうじゅが結びあい、ひとつひとつがたがいに映しあうという、大乗仏教(華厳経)の宇宙観を表すメタファです。

結局、ポジティブな宝珠の数が完全に大敗していく世の中なんだと私なんかは思う。
それなら無関心の方が、まだましだ。
無関心なアニメおたくの少し知的に問題のありそうな人だって身近にはいる。
そっちの方がうんと平和的で良い。

私自体は、パレードの中にはいないし、祭りの中にもいないけれど、
芸術の小森。に向かう真っ直ぐな道路の側道の木々達は一体何を謳うだろう、、、

音楽がカディンスキーの印象IIIのように、
黒が多くなる心情や感性の正体は一体なんだったんだろう、、、、、
もうその答えも求めたくもない。

私が世の中に求めているものは、
もっとポジティブで生産的にしても良いものの全てなんだと思う。

自分ははっきり言ってしんどい人生の連続だ。
嫌にもなる。
けれど、必ずプラスに転じてみせる。の、
根性だけが、色々と走らせているだけのこと。
そこにミケランジェロの絵画の中の、
悪魔みたいなおじいさんが後ろでムチを持っていたとしてもだ。

自分は血だらけになろうが傷だらけになろうが、
必ずプラスへ転化してみせる。
悪魔なおじいさんが、ワシのおかげじゃのう。
なんて、すっとぼけたことをぬかしても。

そんな悪魔なおじいちゃんであっても、
そんな宝珠のようなものが例えばあるとしたら、
本当はおじいちゃんであっても、
こんなことしてきました。
あんなことしてきました。
例えばドリカムの人達のように、
今は往年の大御所感で表に目立たなくても、
こんなこともしてきたし!
あんなこともしてきたし!
みたいな、そんな赤子のようなポジティブな叫びなのかもしれない。

年寄りなんてそんなものだと思うけれど、
そんなワガママな光でさえ、

確かに。と笑える余裕が、
私にしても欲しいところだ。

昔の人でしょ?では、結局、黒が多くなるだけのこと。

吉川晃司やミスチルさんのように、
壊せだ生きたまま焼かれろも、言ってみれば、
絵画のような重いけれど美しきもある。
それを子供達にみんなに叫びたいなら、
それはそれで、芸術的とも言える。

そんな風に何かを抑圧したくなる精神一つ取ったって、歴史の上ではよくあること。
それだけの野心が育つ環境を分析してみれば、
誰にも負けたくないそんな根性のある男の子の育て方がもしかしたらあるのかもしれない。
自分より前に見えるもの全てに、自我というシーツをかけることは、素人であれ誰であれ、
勝っていける。幼稚園児でも言えば出来る。
『あのおじさん、でもあんなことしてたじゃん』
なシーツは彼らでさえ、敗北者にしてしまう。

その価値観にはその価値観が歯向かってくるだけのことだ。

正直、息子が5歳くらいの頃から嫌がらせの連続で、母子家庭課税対象!のような人生で、
恨み節の一つも言いたくなる思いもないではないけれど、捉え方一つじゃ、
そんな人間の習性の分析が出来るようにもなる。

人間というのは弱そうな環境になると攻撃したくなる習性があったんだろう。
そしてそれは永遠に弱い対象としてレッテル付けされてもいく。黒人差別がその最もたるだ。
沖縄にしてもそう。やっちゃえ!の旗が上がれば、人間はいくらでも残酷さの連鎖を普通の人間であってもしてしまう。

私はとても勉強になる人生を歩んだとも言える。
だからきっとマドンナやガガのような、
強い女性達が絶対値になってしまったんだろう。
これもポジティブな宝珠だと信じたい。


人生お勉強である。

色々と諦めて利用価値があるなら、利用出来る所はどうぞ。とは言ってみるものの、
恋愛もしていないし、業界にいたから歌手が好きなの!もみんなみたいに出来ないし、なんだかごめんなさい。しかないけれど、
頑張って色々と勉強しながら、利用するようなところはなくても、勉強して、かいつまんで書いていくことくらいなら出来る。

暗闇やら母子家庭1人課税対象のような人生から見えた景色の全て、人の心全て、そんなものから、感じたことを、勉強して、
かいつまんで書いていくことくらいなら出来る。

利用出来るとしたらそこくらいだ。
ごめんなさい。

でもなるべく課税はわざとはしないで欲しい。
それも本音だけど、
私が相手にしているのは、人間だ。
全ての人が理想通りの優しさや思いやりがあるわけではないことも知っているから、
誰を恨むでもなく、嘆くでもなく、
自分の人生と運命を受け入れただけのこと。

佐野元春さんとかいてくれて本当によかったと思えたアーティスト、、、、
少し、1人じゃないなぁ、、と感じることが、
昔から出来た。最近は宮沢氏もなかなかだ。
ありがとうございます。と叫んでおこう。