毎日を生きているだけでも、

同僚や知り合いに悲しいことは起こる。

病も身内の死もいろいろなこと。

悩みを抱えている人もいる。


自分はそんな心の荷物を抱えている人に触れ合うことも見守ることも出来ないし、

したくない方で、どこか不器用だと思う。


だけれど、隣りの席の同僚に、

『なんか声かけた方がいいかな』などとこぼした時、『してあげられることもないのに、いいと思うよ』そう言われて、ホントにそうだな、、と、

その人が出勤していようがしていなかろうが、

あまり気にならなくなった。


これで例えば、自分があれやこれやと見守ります!なんて言うことで、その人からしたら、

『ありがとう』とは言うだろう。

まぁ社交辞令である。ホントは思わらないだろう、、、あてにされる存在ではないからだ。

私という存在が。

その『ありがとう』は負担でしかない。

そんなもんだと思う。


私は夜空には星は2つでいい。

けれど、世の中はほーら夜空には沢山の星だよ、

、、いらねーな、、と思う。

鬱陶しいと思う。みんながみんな沢山の星を求めてるなんて決めつけないで欲しい。


よく金魚のことを思い出す。

私は小さい頃、金魚が大好きで大好きで、

子供だから、ベタベタ触って、水バンバン変えて、そんなことをしているうちに、

皮膚病にばかりを患わせてしまって、

ジャンジャン死んだ。

ドロンドロンの皮膚をぶら下げて、

死んでいく金魚たちは、私の一方的な都合で、

長く生きられなかった。

大人になってそのことを学んでいた私が、

最後に飼った金魚はたいした世話をしなかったせいか、バカでかくなって、鯉のようになってしまった。


そんなもんなんだろなと思う。


今、自分は、からまれることがありませんように。お見守りも勿論いらない。

誰であれ、からまれませんように。

そんなことばかりだ。


日本の2つだけ応援している、

佐野元春さん、宮沢さんなんかも、

もしも、私が張り付くように、

一挙一動作を毎日毎日毎日毎日見守るわ!

なんてしているようなファンだったとして、

さぞかし気味が悪いだろうな、、といつも思う。


必要な時に心がスィーっと寄り添う時間が、

あればそれでいいだろう、、と、

いつも感じてしまう。


何かしらをハンターのように、

追いかける連中は彼らのようなスターに限らず、

必ずいると思う。

周りのあれこれ、色々なことがら、

それって、情じゃなくて、

皮膚腐れ、、、的な、意地悪にも似てる。


要するに、こんなに心配してあげてる私。が好きなんだろ?それ。

なんて言いたくもなる。

皮膚病、で死ね!

そんな腹の底を隠しながらね、、、、


出来ることがないのなら、

ほっとくのが一番なんだ、、絶対に、、、

私は粋に生きたい。

粋に生きてる人しか信じない。


夜空は星空2つでいい私は、

他の星の光を消しながら生きていきたい。

好みの宇宙なんて自由だろ、、と思っている。


今日は歯医者に行ったから、

昨日からブルーである、、、、、


私は芸術の小さな森作り。なんて、

ほそぼそと遊んでいるけれど、

あまり森は広がりそうにない、、、

こじんまりした森で終わるだろう、、、、

けれど、きっと、美しいものしか残らないだろうなぁ、、、なんて思っている、今日この頃。


人間いつか必ず死ぬのなら、

この後半戦の人生、

出来ることがないのなら触らない。

アーティスト2人にはたまにお金を落としてあげられる。だからたまに聴く。たまに行く。


嘘はつかないような、

粋な生き方がしたい。


優しい嘘ならいい。なんて、

なんだか粋じゃない気がしている、

後半戦の女だ、、、、、、


こじんまりした美しい芸術の森。


絵画はやっぱりでかいなぁ、、、、、、


それにしても、2度も他人の個人的な部分にベタベタと触りまくって好きなことをした、数多くの連中。今は何かに絶対的に守られているからまだやっちゃうって所なんだろうけれど、

一斉検挙、一斉罰金制度。なりとも国は作らないだろうか、、、警察にパクられるとなると慎重にもなるのが人間。

それがない以上、それこそ宮沢さんやアイドル歌手のような、藤井フミヤのように、みんなで!みんなでやりましょうー!みんなで平和に遊ぼうぜ!みたいな、エソラゴトに翻弄されるのだ、きっと。一斉検挙、一斉罰金制度、国のお偉い方々が是非とも立法して欲しい。


何かの本で読んだけれど、

戦争を終える抜本的な対策は、

立法しかないのだそうた。


全くだな、、、そんなことを思う休日の午後。