余命宣告 | 認知症母の別居介護記録

認知症母の別居介護記録

30代オタク主婦の介護記録日記です。人間としてかなりアレなのでダメ発言多いです。

すっかり放置です。しかし、さすがに記録せねばと思わされることがあったので久しぶりのブログ更新。

 

まずは去年5月の入院後のこと。

重度の肺炎で入院して2週間ほどで退院。退院時には自力では歩けなくなっていて車いすと介護タクシーで施設へ戻った。

施設へ戻ってから少しして施設長から「自力では立てなくなってしまってるので介護認定の区分変更が必要」との申し入れがあったので区分変更の申請をした。要介護2→要介護4へ。さすがに驚いた。自他ともに認める足腰の強さの母だったのに。

その後施設でのリハビリもあり、介助ありで立ったり歩いたりできるようになったらしいがそれも長くは続かず、危険だというので車いす生活に。

 

車いす生活になった前後あたりから膝や腰が痛いというようになった。何度も訴えるので、検査をするが特に何も出ず。

 

年が明けて3月頭。

立て続けに熱を出すことがあるので検査し、その結果、詳しい検査をするために病院の診察が必要と施設から連絡が入る。

一度は施設の方が病院へ連れて行って下さったのだが、病状説明と家族の同意が必要な検査があるため日を変えて私も病院へ。

検査結果を見て医者は、「精密検査が必要です。今入院しますか?1週間薬で様子を見ますか?」という。ええー、そんなに悪いのか―。

数値的には即入院レベルのようだし、何度も施設の方に病院に来ていただくのも気が引けたので入院を決めた。

 

数日後、病状説明を聞きに病院へ。

多発骨転移という、骨のあちこちに腫瘍ができている、簡単に言ってしまえばステージⅣのがん。

余命は1か月から数か月。

輪切りの写真を見せられて、聞いたことのある病名、余命宣告まで。TVドラマみたいだなーって思いながら医者の話を聞いた。

そして「親戚や親しい友人に連絡してください」と言われてはっとした。ああ、そうか。そういうことしなきゃいけないんだ。

 

もうすぐ母親死ぬんだよーと言われても、ある程度覚悟はあったし悲しみより、思ったより早かったなー、これから大変だなーという気持ちのほうが大きかった。薄情な娘でごめんなさい。