今日という日の鎮魂歌に相応しい、Friedrich Gernsheim の交響曲 第一番 第二楽章を聴いています。

-"9.11"に祈りを込めて-

皆さま、こんにちはひらめき電球

今回は、メジャーリーグ(MLB)が大好きなタナケンが、これまでの日本人選手のMLB挑戦が成功だったのかどうかを残した成績+独断&偏見で評価します。

※ 日記は複数回に分けて書きます。

【投手編】<大成功>

□ 野茂秀雄

近鉄球団との決裂から始まった偉大なるパイオニアの足跡は、今さら多くを語る必要はないかもしれない。

1億4000万円の年俸(近鉄時代)を捨て、わずか980万円という年俸でのMLB挑戦は、結果的に大成功だったといえるだろう。

野茂は、「トルネード投法」と呼ばれる独特の投球フォームから、最速97mph(約156km/h)の直球と平均80mph(約124~132km/h)のフォークボールを武器に並み居る強打者を捩じ伏せた。ドジャースから(ベネズエラの球団を経て)ロイヤルズまで10球団以上を渡り歩きながら全米に"NOMO MANIA"旋風を巻き起こし、積み上げた勝利は日米通算で200を越える。

※ ノーヒットノーランを1996年と2001年の二度記録している。

2000年以降、スライダー、カーブ、カットボールを投げた時期もあったが、直球とフォークの基本スタイルは最後まで変わらなかった(ただし、2008年のロイヤルズ時代は振りかぶるフォームを封印し、セットポジションからの投球に変えた)。

日本球界で批判され続けた自らのスタイルを、メジャーという大舞台で貫き通した姿勢は見事という他ない。


(続く)

松坂は、最初から最後まで"REDSOX"を、そして、"MLB"を受け入れることが出来なかった…

彼は自分が投げたい時に投げたいだけボールを投げられると信じていて、BaseballがBusinessであることを全く理解できなかったのだろう。

5年間も現地で暮らしていたのに英語がほとんど話せなかったこともあり、今回の件で彼を擁護するチームメイトはいなかった。

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松坂手術…地元メディアは厳しく「投資失敗」

http://dream.mainichi.co.jp/hope/servlet/Authesb

 レッドソックス・松坂の手術を米メディアも一斉に伝えた。ボストンの地元紙ではポスティングと6年の長期契約を含めた約1億ドル(当時約117億円)もの投資は失敗だったとし、地元通信社のウォーセスター・テレグラムは「手術により松坂のレッドソックスでのキャリアは終わった」と報じた。

 また、複数のメディアが「松坂の獲得は成功か失敗か」のネット上でアンケートを実施。ボストン・グローブ紙は「次の日本の大物投手」としてダルビッシュ(日本ハム)の名前を挙げた。

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下記のエピソードを見ても、松坂が最後までメジャーの常識に馴染めなかったことが明らかである。

 ↓  ↓  ↓

【通訳とキャッチボールを始めた。バッテリー間の約18メートル前後の距離。肘を使うことはできないが、山なりではなく腕を振って10分間、約30球を投げた。
 正二塁手のペドロイアはその光景を見て「何やってんだ、あいつは」と叫んだ。フランコナ監督が「手術の可能性が非常に高まった」と話した直後だったからだ。】


 Fin