SAUDADE サウダージ
ポルトガル語 の 辞書には このことば
郷愁 望郷 思慕 懐かしさ やるせない思い とある
今 あるのは ブラジル への サウダージ SAUDADE DO BRASIL
上の 写真は Elizeu が 送ってくれた MAUA 造船所 OB の 近撮
ブラジル人 は この言葉を 聞くと たいていの 人は 喜ぶ
新田次郎 藤原正彦 親子共著 の ポルトガル海軍 大佐 モラーエス
徳島の地で 終焉 についての 小説の題は 「サウダージ 孤愁」
私は 以下のように この言葉を 解する
ポルトガル は 大西洋への海洋国家 たくさんの 漁に出た 多くの 夫 息子
が 海で 遭難 帰ってこない このこと 歌謡 FADO には多い
大航海時代 アフリカ インド 東洋 日本 ブラジル などへ
キリスト教の布教 物資の交易 占領 移民 などの 目的で 出かけた
夫 息子 も 故国 ポルトガルに 帰ってこない
このひとたち への また この人たち からも 大切にした 思い
また
ブラジルへ 移民した 人たちが ふるさと ポルトガル を 思うとき
からだから 熱情とともに 発せられる ことば
このような 多くの Situations 場面で 使われてきた 非常に 複雑な
感情を 表現する かれらの 第一級 の 大切な ことば
今 私も ブラジル を 思うとき 使いたい
マウア造船所 の 現在の HOME PAGE
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ブラジル 最後の 仕事
25BC(2万5千トン バラ積み船)の 建造期間を半減し
所要時数も 削減し 日立造船の 技術協力は 成功と
評価された
その後 5万トンの BC を 建造するという計画
のもとに 5万トンの基本設計図を ベースにして
ブロック分割図などの 生産用の詳細計画図を
設計部に 席を移して 作成して 残した
2-3か月 かかった
後日 5万トンを 進水させたというのを 聞いた
これが 最後の仕事になった
船便と 航空便の 2種の 荷物をつくり 日本に送り
ガレオン空港から 荒波の待つ 日本に 帰った
2024.05.17 pedra-oishi