2月7日、降り始め
2月7日 21時50分
2月8日 4時50分
2月8日 4時53分 小平国際キャンパス
2月8日 5時40分 重みに耐えている孟宗竹
2月8日 6時30分 庭の風景
2月8日 17時40分雪雲の向こうにぼんやりと太陽が
2月9日 6時 月が輝いている
2月7日、降り始め
2月7日 21時50分
2月8日 4時50分
2月8日 4時53分 小平国際キャンパス
2月8日 5時40分 重みに耐えている孟宗竹
2月8日 6時30分 庭の風景
2月8日 17時40分雪雲の向こうにぼんやりと太陽が
2月9日 6時 月が輝いている
父の遺したものの中に家庭学校農場の表紙を持った絵葉書集がありました。そこで調べたところ杉並区の東京家庭学校が本校とわかりました。
そこで問い合わせたところ、1919年(大正8年)、家庭学校北海道農場と社名淵分校開設5周年を記念して発行されたものとわかりました。保存状態の良いものこれまでに2冊ほどしか確認されてないとのことでした。
なぜ父がこの絵葉書集を持っていたのかは、その手掛かりは、不明のままであり、私が所持していても何の益もなく、寄贈しようと考え、本日届けました。
ポストカード36枚が綴じこまれています
絵葉書集の中から「設立の由来」と黒丸が「家庭学校農場」の場所です
私たち夫婦は、揃って午年です。家内のコレクションを紹介いたします。
ステンドガラスの飾り物
馬の取っ手のあるグラス
馬そりの置物
かわいい馬のぬいぐるみ、高さは6cmほど
今年はうまくいく?
以下は、北京の友人からの贈り物
メダル、裏には「福」の文字が
ビンの内側に表裏合わせて8頭の馬が描かれています。左に「岸國男様 健康長寿」の文字が
前日の天気予報で暖かな日になるというので、家内と一緒に深大寺へ初詣に行ってきました。仕事始の日ということもあって背広姿のビジネスマンが沢山、お参りに見えていました。
夫婦で外出することは、滅多にないことで・・・この一年、さいさき明るいことを期待しましょう。もちろんお祈りし、お守りもいただいてきました。
深沙大王堂(じんじゃだいおうどう)神社大王堂。ここに祭られている神様は、孫悟空に登場する沙悟浄と関係があります。
深沙大王堂の後方にある飯桂(イイギリ)の房状の実
本堂
本堂左正面に飾られている豪華な熊手。
延命観音。大きな岩に漢音様が彫られていますが、暗いこともあって判然としませんが、横に絵図が掲げてあります。
延命観音の絵図と謂われが書かれてます。
芭蕉の句碑。
特に深大寺に訪れたとかいう縁はないそうです。
「象潟や 阿免尓西施が 合歓能花」(「きさかたや あめにせいしが ねぶのはな」)
この句は、松尾芭蕉が出羽国・象潟(現在の秋田県)を訪れた際に詠んだものだそうです。
意味:「象潟の風景は、まるで中国の美女・西施(せいし)が雨に濡れてたたずむ姿のようだ。そこに合歓(ねむ)の花が咲いている。」
水源湧水池。渇水で流れを見ることはできませんでした。中央右に小さな不動明王(?)の石像が見えます。
サイクリング納めを兼ねて家内の実家の墓参りへ。気温が低くきつい北風に悩まされながらの走りでした。
約59kmを走破、今年の最長距離記録だと思いますが、年々この記録は、年齢に反比例して短くなっています。
浅川左岸のサイクリングロード、この先で行き止まり。一旦河川敷に降りて中央線鉄橋をくぐってその先にある大和田橋につながるサイクリングロードに戻ります。
お墓です。樹木に覆われて祠(おたまや)のようです。
高尾山・琵琶滝コース(6号路)にあります「洗心」の碑と冬支度をした石仏たちです。
12月4日にサイクリングで小野路を訪れたことはすでにこのブログ上で紹介していますが、小野路宿里山交流館でお会いたご老人が私に話しかけてきました。生まれて以来93年間小野路宿で生活してきたととのこと。
聞くともなく、いろいろなこの小野路宿の歴史を語ってくれました。
その後、ご老人の話されたことが気になっていて、いろいろな本(けやき出版「多摩の街道」、有峰書店「滅びゆく武蔵野」など、あるいはネットで調べました。その結果を以下に箇条書にしてみました。
1.鎌倉時代の道筋

小野路宿通りは、当時「鎌倉街道上ノ道」と呼ばれる道の一部で、鎌倉幕府と武蔵国府中(現在の府中市)を結ぶ重要な交通路でした。武士や役人の往来が多く、物流の要たったこと。
2.徳川家康の霊柩が通った道
江戸時代、家康の棺を駿府(静岡)から日光東照宮へ運ぶ際に使われた「日光御成道」の支道のひとつで、この地域を通っており、小野路もその経路に含まれていたと伝えられていること。
3.近藤勇と新選組ゆかりの地
幕末には、近藤勇や土方歳三らが小野路にある「小島家」を訪れ、剣術の稽古をしたといわれていること。
4.「関屋の切り通し」と「布田道」について)
この切通し道の存在をご老人の話しで初めて知りました。ぜひ機会を作って歩きたいと思っています。
関屋の切り通しは、布田(現・調布市)と小野路を結ぶ古道で、鎌倉街道の支道の一つ。武蔵野台地の谷戸(やと)の間を切り開かれた「切り通し道)」で江戸や多摩地域の人々が往来し、明治の頃までは生活道路として利用されていたそうです。
ハイキングコースとして整備されており、自然と歴史を同時に感じられる道とのこと。調布の甲州街道沿いに布田天神社があります。古くから「布田道」の起点のひとつで、小野路宿へ続くルートの要だったそうです。
サイクリングでだいぶ前に布田天神社を訪ねたことがあり、小野路宿への起点とは、今日まで知りませんでした。
春・夏にこの地を訪ねたことはあるが、初冬の今は、今回が初めて。期待通りの里山をのんびり堪能できました。
多摩丘陵を越えての走行なので、帰路の登坂は、特につらい。
自宅を9時頃出発。里山交流館 11時到着
途中の牛舎に黒和牛が。
樹木やクマザサに覆われたトンネル状の小径。
奈良ばい谷戸、山並みの向こうに白雲をいただく富士山頂が。
炭焼き小屋
「狭い道です 歩行 者 どうぶつが 優先します! 結の里」の看板。熊はご法度だよね。
この三枚は奈良ばい谷戸の静かな風景
交流館で「小野路うどん」を。
走行図
今日走ったコースはケヤキやナラ系の樹木が多い、陽が西に傾いているので、一層黄葉が際立っている。また、小径は落葉に覆われ、心地よいカサカサ音が後から追いかけてくるよう。約24kmはしりました。
玉川上水一番橋より上流
玉川上水一番橋より下流
残堀川、雨が降らないので空堀状態、先にみえる橋のところで玉川上水と残堀川が立体交差している。
残堀川と玉川上水が立体交差の場所。右側に五日市街道が。
仮設?日野橋。下流側に並行して使われていない旧日野橋がある。
幼少のころのジャカゴは、竹で編んで作られた籠に川石を詰めたものだった。今は竹が鉄線に変わっている。
2019年秋、ジムでトレーニングを終えて帰宅途中、小さな柿色の実をつけた美しい生垣を見つけました。そこは造園業者さんの家でした。
この柿は中国四川省を原産とする常緑の木で、トゲがあります。
2019年12月、この柿は、発芽率が非常に高いからと言って業者さんから沢山の実をもらいました。それらをプランター埋めました。
翌年(2020)の春、10本ほどが発芽しました。
つぼみ
花
今年(2025)11月。発芽して5歳目の1本に鈴なりにかわいい柿色の実を付けました。