育休中小学校教員のぺこりです。
今日は過去を振り返る
ブログセラピーを。
(思い出したことがあったら追記・変更してます)
自分の小学校時代は
黒歴史
暗黒時代
と思って生きてきたのに
何がそんなに辛かったのか?
ハッキリ思い出せずにいた。
今日は編み物を失敗して
一時間以上かけて
全部ほどいていたのだけど
ほどいていく途中
ちょっとだけ昔の自分と対話できた。
〜幼稚園以前〜
気ままに過ごしていた。
起きる時間や遊ぶ内容など
誰からもとやかく言われることなく
両親と歳の離れた姉は
私と遊んでくれる時間は少なかったから
一人で遊んだりもよくしてた、と思う。
もう一人の姉は
私が3歳の時に突然亡くなった。
でも姉の生前の記憶が私にはほぼない。
だから泣くこともなかったし
寂しいという感覚もない。
天真爛漫なだけで家族は笑ってくれた。
だから大げさなまでに明るく過ごしていた
ような気がする。
〜幼稚園〜
朝起きるのが苦痛だった。
そして給食。
食べるのが致命的に遅いため
いつも休み時間まで残されていた。
みんな遊んでるのに…
箸の持ち方を
みんなの前で先生に指摘された。
私はこれでいいのに。
なんの辱め?
お遊戯会で
自分が作ったはずのお面がなくなっていて
誰が作ったかわからないお面で本番に。
私の方が上手に作ってたのに。
なにこのかわいくないうさぎ。
最悪!!
でもまだ楽しく過ごせていた。
〜小学校入学〜
勉強は難しくなかった。
新しい友だちもできた。
なんとなく平和だった。
でも
発表で失敗したり
先生に見てもらえてない感が
なんとなくあって
意欲は少しずつ減っていく。
母も父もほめてくれることなんてない。
なんのために勉強するのか?
朝と給食は相変わらず苦手。
友だちのバレエの発表会を観た。
「私もやりたい」
母に言ってみたが
「お金かかるし衣装の準備もしないといけないし…」
と適当に流される。
やりたくないって言ってるのに
ピアノには行かされる。
〜小学校3年〜
事件が起きた。
クラス替えだ。
小さい頃から仲良くしてた幼なじみMちゃんが
幼なじみTちゃんと同じクラスになり
二人して私を避け始めた。
集団登校では仲間外れ。
せっかくできた新しい友だちとも離れ離れ。
こんなに簡単に裏切りは起こる。
こんなに簡単に友だちはいなくなる。
人間てこわい。
そこくらいからかな?
スクールカーストを意識し始める。
たぶん他の子もそうだったはず。
国語算数でも
図工や体育でも
誰が上とか下とか。
私はどこなの?とか。
誰といたら仲間外れにされない?
誰なら裏切らない?
ダサい子や変わった子には
近づいたらキケン。
勉強ができてしっかりしてるけど
ちょっと影のあるAちゃんと
友だちになった。
いろんなマンガを教えてもらって
オタク街道へ…
ちまちました
女子のいじわるとかけん制とかが
起こり始める。
SちゃんとかCちゃんとか
こわかったし。
男子もいじわる言ってくるやついた。
目つき悪いとか猫に似てるとか。
初めて鏡で自分の横顔を見た。
なにこれ⁈
私の顔、平らすぎない???
こんな顔で生きてるなんて恥ずかしい。
何かの会話で母から
「あんたは可愛い方じゃないけど云々」
と言われた。
やっぱりやばい顔なんだ。
(母にそんな意図はなかったと思うけど。)
好きになった男の子も
可愛くて元気な女子と仲良くしていた。
あー、そうだよね。はいはい。
家でも何かと怒られる毎日。
片付け苦手
いろいろ遅い
忘れ物する
だらしない
朝起きない
ピアノの練習しない。。。
Aちゃんの母(しつけに厳しい)
からも嫌味を言われたし。
自分の価値なんて
下がる一方。
漫画だけは楽しかった。
仮病で休んだり
行き渋ったりし始める。
〜小学校5年〜
またまたクラス替え。
幼なじみMちゃんと同じクラス。
MちゃんはTちゃんから私に寝返った。。
しばらくは仲良くしてたけど
猫アレルギーの私は
Mちゃんの家にはあまり入れなかった。
他の友だちとMちゃんが家に入るのを横目に
悔しくて泣きながら家に帰る。
そして
私は新しい友だちを作った。
Oちゃんだ。
Oちゃんはカーストの誰とも
なんとなくうまくやれる子で
友だちの悪口とかはあまり言わなかった。
すでに全身黒づくめで
オタク化していた私とも
仲良くしてくれた。
ラッキーなことに
Oちゃんは親友が転校してしまったから
きっと誰にも取られない。
男子が私を見る目は
ヤバいやつとか
暗いやつとか
そんなとこだろうと思ってた。
先生もそうだろうと思ってたし。
学級の雰囲気はわりとよく
愉快な仲間たちが盛り上げてくれたり
新聞係で四コマ漫画を描いたりした。
でもやっぱり
カースト上位の
キラキラ女子はうらやましかった。
誕生日会に呼んでくれとごねたりした。
朝は全然起きられず
母が仕方なしに車で送ってくれて
ようやく行っていた。
基本的なことができないから
自分は人間の最底辺で
いつ死んでもいいなww
ていうか大人になったら
どっかでのたれ死ぬんだろうなぁ。
くらいに思っていた。
そう思うことで安心した。
それ以上に堕ちることはないと思ったから。
(今思えば自虐を楽しんでいる節も見える)
〜中学と高校〜
部活では楽しく過ごせた。
部活命。
でもクラスで過ごすのは苦痛。
もはやクラスメイトに興味がない。
興味はなくても
なんとなく友だちをやる
いびつな日々。
部活以外で
私の価値なんてない。
だからみんなも
どうせ私に興味ないんでしょ?
くらいに思ってた。
宿題はしないし
授業は寝てばかり。
でも塾には行く。
(宿題はしないけど)
朝練には行けるようになる。
(たまに遅刻するけど)
小中高通して
担任の先生と直接関わった記憶はほとんどなし。
話しかけても適当にあしらわれた
という記憶と
「志望校考え直した方がいい」
って説得された記憶のみ。
〜大学以降〜
高校の部活で自信をつけて
県外に一人で飛び出した。
なにを思ったか
教員養成課程に進んでしまった。
自由に時間を使えるし
新しい環境で
自分で生活を作るのは楽しかった。
先輩も同級生もおおらかで優しいし楽しい。
ありのままの自分でも大丈夫だった。
ただ
やはりだらしないから
講義にはたびたび遅れる。
そして行ってもよく寝る。
でも身近に
留年を4回しながらも
周りに愛されている
レジェンド的な先輩がいたし
私レベルのヤバさはまだ大丈夫だった。
その後
紆余曲折ありまして。。。
30歳で小学校教員になってしまった。
小学生時代の緊張した空気と
自己肯定感の低さ
思い出してしまって
なんかいろいろ辛かった。
いやいや
子どもたちはかわいい。
でも私がいやだったシステムに
結局は押し込めざるを得ないし
なにより子どもの貴重な時間を
未熟な自分が無駄にしたらあかん。。。
そんなかんじの辛さ。
(ろくな研修もなくいきなり担任だからねー)
あと
最初の2年くらいは
保護者が異様にこわかった。
カースト下位の自分が先生なんてやって
すみません。。。
しかも超初心者で担任とか。。。
みたいなかんじだったわ…
ここからは私の持論。
小学生時代にいた
いじわるする子や
いじわる言う子。
だいたい家庭で肩身の狭い思いをしていた。
こわい姉がいるとか。
母が厳しいとか。
両親が不仲とか。
再婚して複雑とか。
だから究極
いじめの原因は家庭環境。
でも
学校のなんでも横並びの環境が
それを助長している。
そういう意味で
学校の在り方はもっと変わっていかないと
と思う。
そして今日の結論。
私は
やりたくもないのに
決まった時間に
決まった行動をするのは
向いていない。
無理にそれをしようとして
できなかったから
自己肯定感が下がったのである。
やりたいことならできるし
むしろ自分流に考えてやることが好き。
ていうか
私だけじゃないと思う。
あらゆることを
自分で決めて
自分で責任もって行動する。
そんな自然なことが
今の日本の学校ではできない。
だから学校のシステムがきらいなんだ。