先月5日は母親の命日

ふりかえれば20年前のあの日、私の中の「生きるエネルギー」は停止し、紆余曲折20年の時を経て、ようやく息を吹き返しました

ひと言で20年というのはたやすいですが、紐解いて覗いてみると阿鼻叫喚叫びの地獄絵さながら、よくもまあこんな人生を選んできたね!と自分を褒めてあげたいなと、しみじみ思うわけです

巷では、前世やら先祖のカルマや家系のカルマ、カルマカルマカルマ・・・「カルマ解除します!」などというワークもあちこちで見たり聞いたりやってみたり<やったんかい!

ところで、いったいカルマって何じゃろうか?

業とか因果応報とか、過去(生まれる以前の)行いを、尻ぬぐいせずやりっぱなまま人生を終えると、再び生を受けた魂は、その人生で尻ぬぐ、、清算するような体験をすることになってるらしい。。

さらに!生まれてからこさえた業も上乗せされるそうで、まるでカルマの総合デパートのような人生

みんなこぞって、自分好みの商品(体験)が陳列しているカルマのフロアをめざして生まれてくるんですね

かくいう私も、この20年の過程の中で、さんざんインナーチャイルドやら取り残された感情やらトラウマやらブロックやらを見つけては「ほら!ここにもまだこんなにホコリが残って!」と姑にいじられる嫁のごとく、だまって歯を喰いしばりながらお掃除してきたんだけど、掃いても掃いてもどんどん奥からわいてくるホコリに「もう掃除すんのいややーーー!」と掃除することを手放して以来、ある程度ホコリがかぶろーが、床下浸水が起ころーが、すっかり気にしないで過ごせるようになってきた

各人それぞれ、今世でどんな人生を送るのかのブループリントを設定して、すっかり忘れて生まれてきてるそうですが、「Aさんは前世でこれができなかったからこのテーマ」「Bさんはたくさんの人にお世話になった人生を終えたから、今度はまわりのお世話する番ね!」みたいな感じだと思うんだけど、魂は肉体を離れ、もと居た場所に戻り、同じように生を終えた魂たちと再び一緒になって大いなる源へと還ってゆく

そこで、各々が持ち寄った人生の経験、記憶をさらにゲットした宇宙さんは「こんなにたくさん、ステキなお土産をありがとう!」と喜びに溢れます

そして、また「あーなんか退屈してきちゃったな~」と、宇宙さん(神さん?)はあらたな体験をしたいと思い、再びその未知なる体験をすべく、分離した魂を生命体のいる星へと派遣するのです

魂は分離する際、これまでに蓄え混沌と化した記憶の中から、あらかじめこれから体験する人生に必要な記憶をダウンロードし、生命体のいる惑星の上空で、これからする体験を思う存分に味わうに最適な、これから世に生まれようとしているボディをさがします

「あのね、わたしね、うまれるまえに、おそらでぱぱとままのことみていたのー♪」という胎内記憶を持つ子供たちの台詞。。。きっとそうだったんでしょう

自分に最適なボディを見つけた魂は、母体を通して3次元の世界に生れ落ちる瞬間、それまで「ウキウキ、わくわくw さー、やったるでー!」と希望に満ちた、やる気マンマンの気持ちをすっぱり忘れてしまします

忘れてしまったほうが「何が起こるかわからないスリル」を存分に楽しめるから

そもそも、この世界は神さんが戯れにお創りになったわけですから、それでいいんですね

人生を歩み進める間に、今生の体験を最大限に楽しめるようダウンロードした記憶をフル活用して、時に喜び、時に悲しみ、時に憤り、出会いや別れを体験し、その中で得た気づきによってダウンロードした記憶がレベルアップしたり、全くあらたな記憶となり元の記憶が昇華することがあります

ダウンロードした記憶=カルマ

とするなら、元々はすべての人が同じところから引っ張りだしてきたものなので、一人の人が進化・昇華させた記憶(カルマ)は全ての人にも影響されるんじゃなかろうか?


宇宙に存在するもの全ては繋がっています

「あなた」と「わたし」

分離しているようで、じつは私は私という役割をはたし、あなたはあなたの役割をはたしているだけにすぎません

これまでも、これからもずっと、この惑星で体験を遊び、たくさんの「記憶(カルマ)」のお土産をもって源へ還り、また飽きた頃にカルマをしょってどこかの惑星に遊びに行くことでしょう。。

そうやって宇宙は循環していくんだと思います

どんなに手放したいカルマがあったところで、自分が好きで選んできたんです

食わず嫌いしていると、生命力がちっちゃくなるだけ
おいしく食べて、滋養にしちゃおうぜ!