高倉健主演「単騎、千里を走る。」観てきました。
あ~。
単騎、千里を走る。
観てきました。
今日はお母さんが同窓会かなんかでおとまりでいなかったので、やきもちを妬く人もいないのでお父さんと二人で映画館へ。
前評判がよかったからどんだけだろうと思って観にいったら、いまいち・・・
監督はいいんだよ。
監督は好きなんだけど。
というかキャスティング云々ではなく監督で観にいったようなもの。
なんか、いい意味でも悪い意味でもすっごく地味な映画。
設定も至って単純、ストーリー展開も昔ながらのベタな展開。
なんかね、カビ臭い映画だったなーって感じの印象が。
特にラストシーン・・・
あんまり書くとネタバレになるので内容的なことは詳しくは書きませんけど、
この映画で凄くいいな、さすがだな、って思えたのは、現地の素人のよさを200%引き出せているところ。
中国人は全部素人だとか。
私も一度いってみたい、あの有名な石頭村(セキトウ村)の村人たち。アレは、本当にあの村長が村長で、実際の石頭村の人々が出演しているわけです。
いいよね石頭村・・・
映画には映ってなかったけど、確か年に2回?か3回? 旅人たちの宴がある村だよね。
いってみて~。
いまだ中国には儒教の倫理観がつよく根付いていることに、国民性を感じたな。
「道理だ」「論だ」って。
日本人って、外部からの侵入者(旅人)に対して凄くかたくなな部分あるよね。
「和を乱す」とか。
古事記の時代からそうだ。(そういえば前期そんなレポートを書いたな・・・)
中国の人はとても旅人に寛容だ。
映画の中だけのことじゃない。旅行に行ってもそうっていうよね。
見返りを求めない旅人への振る舞い。 儒教的な流れから、根付いた観念かな。
というか、どこの国も大体旅人には寛容で、迎え入れてくれるのに、アフリカとか日本くらいじゃないか。あとは一部の少数民族か。バリケードをはって、「自分たち1種族」の認識が強くて、自分と違う人種をなかなか認めたがらない。
私も日本人だから、恥ずかしながら、そういう部分凄くあるけど。
国民性だから、仕方ないことかもしんないけどさ。
で、映画の話に戻すと、
高倉健は、確かに演技が上手い俳優とはいえないけど、それでもあのひとはそれだけで、どっしりとした存在感がある。
終始無言の役どころではあったけど、もうあの苦みばしった雰囲気と表情、寡黙で誠実な雰囲気がね、
まさに「昔の日本人」
って感じで、そこは高倉健ありきの映画だからなのかもしれないけど、はっとさせられました。
なんか、地味~~~なんだけど、
地味ならではのよさがあった、といえばそうなるかもね。
ただ、先の見える展開と、そしてそれを「悪い意味で」裏切ったオチの中途半端さ。
なんか、聞くところによると日本のシーンと中国のシーンで監督が違うらしい。
中国のシーンはもちろんイーモウが撮ってるわけだけど、
日本のシーンはイーモウが「ハリウッドの『日本観』のように、日本を間違ったイメージで撮ってしまうのが嫌だから」
とかって。
なんか・・・
だからか!!!
って感じ。
日本のシーンと中国のシーンで、温度差がありすぎる。
中国の素人の自然な演技と、日本の寺島しのぶの画面から浮き出たような独白演技っぽいのの差が。
演技は寺島しのぶの方が上手いんだろうけど、
何故かスクリーンの中ではもの凄く不自然に感じた。
それだけ中国サイドの素人を、監督が上手いこと演出したって事だよね・・・
はー。
しかし、この映画は雲南省っていうトクシュな地域ならではのよさはあった。
景色だけでも一見の価値はあるな。
ただ、スクリーンで見るよりはおうちで焼酎片手に見たほうがいいような映画です。
かび臭くて昭和っぽい映画だけど、中国の雲南と、そこに生きるリアルな人の描写はさすが。
で、なにより残念だったのは、
ラストのシーンで寺島しのぶが高倉健に読む、息子の手紙。
あれこそ、この映画のもっとも核であり、監督が伝えたかったことであろう事であり、
観客に伝えるべき素材だったんじゃないのか。
それを、「手紙」
として、嫁に読ませることで、観客が満足するわけないだろ!
とだけ、いわせてください。
ようするに、いいたいのは、
「オチをもっと上手くつけろや!!!!!」
こまごまとしたところに見所はたくさんあるので、(特に通訳の2人がいい味出してます。)
いっそコレ、ドキュメンタリー映画で取ったほうがよかったんじゃないのか・・・
と思ったことはまーいいや。
はい、で、まー今日はこんなトコで。
今日は映画の話ばかりになってごめんなさい。
最近友達から
「最近のマコのブログ、堅いことばっかでつまらん」
といわれた。
凹み。
まー、あんたのウケをねらって書いてんじゃないからさ、千奈津!!!! 笑
あっもう3:00じゃん・・・ 明日も早いのに(-"-)
では、おやすみなさい~(;_;)/~~~