長女の学校で行われた春祭りでの講演会で、
「乳幼児期と学童期、子どもは大きく変化します」という話がありました。
だから、周囲の接し方も、それに伴って変えていく必要があります、と。

そりゃそうだろうな、とは思ったものの、いまいち実感が持てなかったのです。

でも、この何週間かの週末、長女と過ごしてみて、ああこういうことか、と思うタイミングが何度かありました。

これまでは、かわいいかわいい長女ちゃん、で接してきたけれど、それでは通用しないなぁっていう感じのことが。

かわいいことに変わりはないのですが、
これまでより一層、自立した個人として、尊重されるべき存在として接する面積を大きくしていかないといけないと感じた、というか。

これまでも私はかなり意識的に、一人の人間として、どんなに小さくとも、彼女の考えやあり方を尊重してきたつもりです。

でも、そんなものでは全然足りないというか。

生身の私が剥き出しにされて、試される感じというか。

こういうのは、思春期にやってくるのかと思っていたのですが、そういうわけでもないのでしょうか。

我々が思っていたよりもずっと、彼女は我々から巣立っているといえばいいでしょうか。

でもそれはまだ本当の姿ではないような気がして(だってまだ6歳なんです)、
私がキャッチすべき何かを、見逃しているようにも思うのです。

ああ、我ながら抽象的で、何を言っているか伝わらない文章を書いていますが、いまの正直な印象です。

ここでうまくやれないと、あとが大変になりそうよ、と、私の直感が告げています。

でもどうやって?

学校の大人に相談してみようかなぁ。

宿題終わったの?
勉強しなさいね。
遊んでばっかりいないで!

こんな言葉を1度も言わなくてよい学校に入った代わりに、別のことが試されているんだなぁと思います。

選択科目「羊毛とフェルト」の時間につくったワッペン。
羊毛フェルトのニードルを使って、やはりスポンジの上で作るのだそう。この作業、私もやったことあるのですが、楽しいですよね。

同じく「ミニチュア粘土」の時間に作った粘土細工たち。パフェは直径3センチくらい。右上は鉄板焼のハンバーグ。右下はマカロンケーキ。とてもかわいい。

同じく「歌音あそび」で作った一弦琴ならぬ、一弦ギター。名前をサイン風にアレンジしたデザインが描かれているのでスタンプ押しました。猫の眉間の辺りに穴が開いていて、そこから棒のてっぺんまで細い糸がピンと張ってあります。写真には写らないなぁ。

大物をつくる授業を選択すると、椅子とか持ち帰って来るそうです。勘弁してほしいですw