今日は日帰りで名古屋出張です。
サミットの影響で、水曜日の東京も、今回の名古屋も厳戒体制です。
新幹線にも複数警察が乗って、警備にあたっていました。

出張に伴って延長が多いせいか、娘は最近、寝るときに悲しくなることが多いようです。

ベッドに入ったあとに、
「かっか(私のこと)は、さきにおばあちゃんになっちゃうの?」などと聞いては涙ぐんでいます。

その頃にはちゃんもももおばちゃんなんだよ、と話すのですが、
どうやら私だけが年を取ると思っているみたい。

私がおばあちゃんになるのも信じられないらしく、
「だって、まだ手がしわしわじゃないよ」
などと言ってきます。
突然おばあちゃんになるとも思っているようです。

まだたった3年しか生きてないからね。
時間の流れなんて実感できるはずないよね。

そんな彼女が昨夜は
「かっかは死んじゃうの?」と、聞いてきました。
ちょっと迷ったけど、
「うーんとおばあちゃんになったら、死んじゃうよ。かっかだけじゃなくて、生きてるものは、みんな、いつか死ぬんだよ」と説明しました。

この「いつか死んじゃう」問題に触れたのは、これが初めてではありません。
そういう素材に出会う折に触れ、ちょっとずつ話してはいました。

「いつかは死んじゃうけど、ずーっとずーっと先のことだよ。そんな心配しなくていいよ」
と話しましたが、

「かっかが死んだら、私は一人でいきていかなくちゃいけないの?ひとりぼっちなの?」
と、泣きじゃくって聞くので、

「そのときには、あなたにも家族がいるかもしれないし、とっとは生きてるかもしれないし、ひとりぼっちなんかじゃないよ」
と答えました。

これも、私だけが突然年を取って、おばあちゃんになって、というところからきている発想なのかな。

「死んじゃったらどうなるの?」と聞くので、
「わからない。わからないけど、お空のお星さまになるのかな。象のメリーちゃん(近所の動物園で最近亡くなった象)の星も、この間見つけたでしょ(ひときわ輝く星を、あれがメリーちゃんだと思う、と言っていたのでした)」と答えました。

しばらく嗚咽していましたが、
「わかった」と。
「でも、もし先に死んじゃったら、お月さまの端で、待ってて。クッキーとか食べて、楽しく待っててね」と、言われました。

何だか私も涙ぐんでしまい、
「おばあちゃんになって、死んじゃったときは、そうするね。でも、かっかはまだまだ元気いっぱいだよ。ずーっと元気でいられるように、毎日楽しく過ごすよ」
と、答えました。

こういう質問て、なんて答えたらいいのでしょう。
すごくすごく難しい。

私が先におばあちゃんになって、死んでしまうのは事実だけど、
そのことが3才の彼女の心を傷つけていないだろうか。
全部は到底理解できていないと思うけど、
本当のことを話してよかったんだろうか。

年齢があがるにつれ、こういう疑問は増えるんだろうと思います。
正解はわからないけど、その疑問に真摯に向き合う母親でありたいと思っています。