今日は14時46分にデスクにてひとりで黙祷。
複数テナントが入っているオフィスだからか、そういったアナウンスは流れませんでした。

一昨年の今頃、私はいま担当している媒体の高校向けの情報誌を編集していました。

お腹に娘を宿して。

編集リーダーだった私の思いは、震災から1年経った高校の状況を全国の高校に伝えたい、というものでした。

生活とか、家族とか、いろんな側面がある中で、学校について、全国の高校に伝えたい。
意を決して企画を出した私の思いに、当時の編集長は共感してくれ、また同士のように仕事をさせてもらっている編集プロダクションの社長も、やりましょうとおっしゃってくださり、企画は実行されました。

とは言っても妊娠中だった私は取材もままならず、皆さんの力を借りて、冊子を作り上げました。
粛々と、淡々と。

そんな風に一緒にお仕事させていただいていた編プロさん主催で、先日壮行会をしていただきました。

私と、海外赴任しているご家族に帯同して退社される、同じ編集チームの仲間へのはなむけとして。

とってもグルメな社長で、私も何度かおいしいお店にご一緒させていただいたのですが、この日は幡ヶ谷のおいしい中華でした。

なまず、えぞしか、熊の手など、中華っぽい食材満載で、どれもとてもおいしくいただきました。

壮行会には、編プロさんと弊社編集チームの他に、ライターさん、カメラマンさん、デザイナーさんなどもご参加くださり、ひとつの情報誌を作っている仲間全員で、楽しい時間を過ごしました。

私は編集者と呼べるほどの経験はまだ積んでいませんが、その端くれとしてのキャリアはたった4年で、途中、産休・育休をはさんだため、実質的なキャリアは2年半です。

その2年半の間に、編プロさんはじめ、かかわった多くの方に育てていただきました。

情報誌の制作というのは、思いを形にする仕事です。
「こういう誌面を作ってください」とお願いするのではなくて、
「こんな思いを誌面にしたい」という共有からスタートする仕事です。

どんなやり方があるか、
どんな構成がいいか、
こういう試みはどうか、
プロの経験からアドバイスをもらったり、議論を闘わせたりしながら、冊子はできあがっていきます。

その過程で、どんな記事にしたいか、写真のテイストはどうか、と、いろんな方との絡みがあります。

この仕事に就いた頃、私は編プロさんの意見がなかなか受け入れられませんでした。
それは、納得できないとかではなくて、
「確かに良い誌面になるだろうけど、自分の力量で回せる自信がない」と思ったからです。

語弊をおそれずに言えば、自分で回す必要はなくて、編プロさんの手に委ねてみればうまくいく場合も多々あるのですが、
自信のなさが、他人を信じる力のなさにつながっていたんだと思うのです。

良いものを作りたい、ではなくて、
自分でコントロールできる範囲で作りたい、
となってしまっていたんですね。

私のコントロールできる範囲なんてたかが知れていますから、そんなにいいものになりっこないのですが、
それまで、営業というかなりのオーナーシップが必要とされる仕事をしてきた裏返しが、こんなところで出たりしたのだと思います。

編プロさんや、ライターさん、カメラマンさんなどに助けられながら、私は編集者の端くれとなることができました。

そのことには感謝してもしきれません。

思いに共感し、一緒に形にする仲間がいたことは、私の仕事の中でも格別、幸せな時間でした。

時短で復帰したことも、私にとってはとてもいい経験でした。
本当はもっと娘と一緒にいたいと思っていましたが、このタイミングで復帰して本当によかった。

仕事と育児のメリハリをつけ、復帰前に長い時間、娘と過ごしていたよりも、密度の高い毎日を送ることができていると感じるからです。

5時間時短の給料って、新入社員くらいです。
私は残業をほとんどしていないので、5/7の給料です。
10年働いてきた今までの感じからいくと、なんとも心許ない額で、
認証保育園の高い保育料にほとんど消えていくわけです。
育児休暇中の給付金の方が額は高いわけです。

でも、それでもやっぱり復帰してよかったです。
この時期は良くも悪くも長くは続かない。

5時間の中で、最大限に生産性を高める努力は、このタイミングでしかできなかっただろうなと思っています。

そんなことを思いながら、花束を手にして月明かりに照らされて帰る家路は、いつもと違って見えました。

こうやって得た経験を糧に、新しい仕事に取り組めることの幸せに感謝し、楽しみに岡山に行こうと思っています。

ちょっと真面目な話でした。