お世話になっている助産師さんのFBでシェアされていた、
愛知県岡崎市にある「お産の家」(吉村医院)で婦長を務められていた助産師の岡野眞規代さんの講演を聞く機会が先日、ありました。
テーマは、幸せなお産。
私は帝王切開で、オキシトシンもエンドルフィンもないお産でした。
娘が逆子だったことや、逆子の場合は帝王切開です、という産院の方針、リスクを考えると、この選択は正しかったのだと思いますが、もっと早くからきちんと情報収集をして、やるべきことをやったら、娘と自分を信じて、逆子でも自然分娩に臨めただろうとは思います。
でもそれも、やはり助産院ではなく、医師のいる産院で、という条件付きになりそうですが。
私は出産のトラウマというのはないですが(上記の通り、物足りなさはあります)、世の中には、出産にトラウマがあるお母さんがたくさんいるのだと、岡野先生は仰っていました。そして、講演会にはそのトラウマを抱えたとおぼしき方がたくさん来られていました。
以下、講演内容で印象深かったことの備忘録。
・は概ね先生のことば、以下は私の解釈含む、です。
・妊娠は病気ではない
薬の投与、モニターの装着は本当に必要なのか?ただ、吉村医院でするようなお産のためには、妊婦がもっと自分と赤ちゃんを信じて努力し続けないといけない。それがあってのお産。
そのために必要なのは、
・ぱくぱくびくびくごろごろしない
和食を中心としたバランスのよい食事、お腹の赤ちゃんを不安に思わず、信じてあげること、そのために必要なお産の正しい知識。妊婦こそ動け。
・使わない能力は衰えていく
自分の体を使える体に。チョッパーで微塵切りをして食洗機で食器を洗う生活で失うものは何か。得るものとのバランスももちろん重要。
・子宮からでてきた赤ちゃんが一番気持ちいいのはお母さんに抱っこされること。お風呂に入れられることではない。
生まれたての赤ちゃんと赤ちゃんを抱っこするお母さんの幸せそうな表情の写真を何枚もスライドで拝見。赤ちゃんは泣いていないのです。笑っていました。これは、池上先生も同じことを言っていた。
・出産後のお母さんは体温があがっている。それは、赤ちゃんを、抱っこするため。
保育器<お母さんなのです。当たり前といえば当たり前。でも、医療者も当事者もその考えが抜け落ちている。
・赤ちゃんの視力が30センチ程度のところをとらえられるのは、授乳のときのお母さんの顔が見えるように。
うまいことプログラムされているのですね。吉村医院で産まれた赤ちゃんは、産まれた時からおめめぱっちり。それは、薄暗がりの中で産まれるからだそうです。分娩室や手術室の明かりの下では眩しすぎて目が開かないのだそうです。これも別の小児科ドクターが仰っていたなぁ。
・陣痛が弱いのは、産む準備ができていないから。
促進剤は投与の必要がない。陣痛で弱ってしまうのは日頃の体力作りができていないから。無理に陣痛をつける意味がない。
・命を生み出すということは、死を覚悟するということ。生と死は裏表。死を意識していないから生が輝かない。死ななくてよかった、生きて産まれてくれて良かったと思うことが大切。
娘が産まれるまでは、生の有限をいしきしたことがありませんでした。60歳くらいまで生きられればいいと思っていた。でも、今はとにかく1日1日を大切に生きています。死を覚悟したとき、生は輝き出す、という意味が、やっと実感を伴うようになってきました。
・命を色眼鏡でみてはいけない。
男がいいとか女がいいとか。障がいがあったらいやだとか、奇形があるか不安だとか。どの命も肯定する。無脳症の赤ちゃんを産んだお母さんの話。感動とかいうレベルではなく、こうあれる、母親という存在になれてよかった、と感謝の気持ちがしました。
現実的な問題としては、そういう産院はごく少数であること(やはり、そこが助産院ではなく、医院であることが大きいと仰っていました)。
つまり、そういう小児科ドクターがとても少ないこと(経験が必要なこともあり)。訴訟が一番多い産科領域の難しさでもある。
そして、これを変えるのは個々の母親や母親となる人たちへの啓蒙から始まる意識の高まりであること(だから、人に伝えることを使命として、講演会をされている)。
素晴らしいお話を伺いました。
同時に、自分がいかに勉強不足であったかを思い知らされました。
次にもし妊娠することがあったら、信じられる先生と助産師さんのもとで、自分と赤ちゃんと、今の娘と夫を信じて、幸せなお産がしたいと、強く願います。
愛知県岡崎市にある「お産の家」(吉村医院)で婦長を務められていた助産師の岡野眞規代さんの講演を聞く機会が先日、ありました。
テーマは、幸せなお産。
私は帝王切開で、オキシトシンもエンドルフィンもないお産でした。
娘が逆子だったことや、逆子の場合は帝王切開です、という産院の方針、リスクを考えると、この選択は正しかったのだと思いますが、もっと早くからきちんと情報収集をして、やるべきことをやったら、娘と自分を信じて、逆子でも自然分娩に臨めただろうとは思います。
でもそれも、やはり助産院ではなく、医師のいる産院で、という条件付きになりそうですが。
私は出産のトラウマというのはないですが(上記の通り、物足りなさはあります)、世の中には、出産にトラウマがあるお母さんがたくさんいるのだと、岡野先生は仰っていました。そして、講演会にはそのトラウマを抱えたとおぼしき方がたくさん来られていました。
以下、講演内容で印象深かったことの備忘録。
・は概ね先生のことば、以下は私の解釈含む、です。
・妊娠は病気ではない
薬の投与、モニターの装着は本当に必要なのか?ただ、吉村医院でするようなお産のためには、妊婦がもっと自分と赤ちゃんを信じて努力し続けないといけない。それがあってのお産。
そのために必要なのは、
・ぱくぱくびくびくごろごろしない
和食を中心としたバランスのよい食事、お腹の赤ちゃんを不安に思わず、信じてあげること、そのために必要なお産の正しい知識。妊婦こそ動け。
・使わない能力は衰えていく
自分の体を使える体に。チョッパーで微塵切りをして食洗機で食器を洗う生活で失うものは何か。得るものとのバランスももちろん重要。
・子宮からでてきた赤ちゃんが一番気持ちいいのはお母さんに抱っこされること。お風呂に入れられることではない。
生まれたての赤ちゃんと赤ちゃんを抱っこするお母さんの幸せそうな表情の写真を何枚もスライドで拝見。赤ちゃんは泣いていないのです。笑っていました。これは、池上先生も同じことを言っていた。
・出産後のお母さんは体温があがっている。それは、赤ちゃんを、抱っこするため。
保育器<お母さんなのです。当たり前といえば当たり前。でも、医療者も当事者もその考えが抜け落ちている。
・赤ちゃんの視力が30センチ程度のところをとらえられるのは、授乳のときのお母さんの顔が見えるように。
うまいことプログラムされているのですね。吉村医院で産まれた赤ちゃんは、産まれた時からおめめぱっちり。それは、薄暗がりの中で産まれるからだそうです。分娩室や手術室の明かりの下では眩しすぎて目が開かないのだそうです。これも別の小児科ドクターが仰っていたなぁ。
・陣痛が弱いのは、産む準備ができていないから。
促進剤は投与の必要がない。陣痛で弱ってしまうのは日頃の体力作りができていないから。無理に陣痛をつける意味がない。
・命を生み出すということは、死を覚悟するということ。生と死は裏表。死を意識していないから生が輝かない。死ななくてよかった、生きて産まれてくれて良かったと思うことが大切。
娘が産まれるまでは、生の有限をいしきしたことがありませんでした。60歳くらいまで生きられればいいと思っていた。でも、今はとにかく1日1日を大切に生きています。死を覚悟したとき、生は輝き出す、という意味が、やっと実感を伴うようになってきました。
・命を色眼鏡でみてはいけない。
男がいいとか女がいいとか。障がいがあったらいやだとか、奇形があるか不安だとか。どの命も肯定する。無脳症の赤ちゃんを産んだお母さんの話。感動とかいうレベルではなく、こうあれる、母親という存在になれてよかった、と感謝の気持ちがしました。
現実的な問題としては、そういう産院はごく少数であること(やはり、そこが助産院ではなく、医院であることが大きいと仰っていました)。
つまり、そういう小児科ドクターがとても少ないこと(経験が必要なこともあり)。訴訟が一番多い産科領域の難しさでもある。
そして、これを変えるのは個々の母親や母親となる人たちへの啓蒙から始まる意識の高まりであること(だから、人に伝えることを使命として、講演会をされている)。
素晴らしいお話を伺いました。
同時に、自分がいかに勉強不足であったかを思い知らされました。
次にもし妊娠することがあったら、信じられる先生と助産師さんのもとで、自分と赤ちゃんと、今の娘と夫を信じて、幸せなお産がしたいと、強く願います。