人は日常生活において、自分の腹筋を意識する場面がどれだけあるだろうか。


先の記事で、帝王切開は一番痛みの少ないお産、と思い切って総括してみた。

それはそうかもしれない。



言わずもがな、帝王切開はお腹を切る。


お腹を切るには、縦切りと横切りの二種類がある。

緊急カイザーの場合は縦切り、予定の場合はどちらか選択できる(私が入院していた病院は)。


この、「縦」「横」というのは直立した体に対して、皮膚をどの方向に切るか、という話。

もちろん腹筋は縦なので、「横切り」を選択した場合は、「横」→「縦」と切ることになる。

子宮は、確か横切りだったかな?


執刀医の弟君先生によれば、縦でも横でもリスクは変わらないので傷口の好みの問題、と言われ(ほんまかいな)私は横切りを選択。

ちなみに帝王切開で出産した場合は、VBACKを選択しない限り次回も帝王切開での出産となる。

このときも、前回と同じように切るのが前提とのこと。

(でも、緊急の場合はどうなっちゃうのだろう。お腹に+ができてしまうのだろうか)


帝王切開の手術のあとは、傷口というよりも腹筋が痛い。

注意していればやり過ごせるレベルの痛みではあるが、私たちは日ごろから腹筋を使う場面を考えながら暮らしているわけではない。

ので、うっかり腹筋を使って悶絶する場面もある。


たとえば咳払い。

食事の際に、ちょっと喉に何かが絡んでいる気がして、何気なく「ん゛ん゛ん゛っ」。

これは痛い。身悶えするほど痛い。

レベルを下げて、「んんんっ」にしたところで変わらず痛い。

もちろんくしゃみは、腹が裂けんばかりに痛い。


たとえば寝返り。

現役妊婦ちゃんは分かると思うが、寝返りするには腹筋が必要だ。

臨月の頃はお腹が大きすぎて寝返りもうてなかった。

子どもを産んで自由に寝返りできると思ったら大間違いだ。

足だけでは寝返りできないし、足の力で反動を付けて寝返りしようとすれば、傷口が開かんばかりに痛い。


たとえばベッドから体を起こし、立ち上がるとき。

腹筋を使わず起きるには、パラ○ウントベッドを90度まで起こし、腕の力だけで体を90度方向転換する。

パラ○ウントベッドを一番下まで下げて(このときも、リモコンを身をよじって取ることができないので常にリモコン側に降りることになる)、足を床につけ、ベッドの枠につかまりつつ立ち上がる。

もはや自力で起き上がることなど不可能なのだ。


入院中に腹筋を否応なく使う場面が2回あった。


1つはアロママッサージ。

なんちゃって病院らしく、アロママッサージを受けられる施設があったため、授乳の間に受けに行くことにした。

病院の最上階のサロンのような一室でセラピストさんが待っていてくれる。

今日の気分などを聞いてくれ、アロマを選択。

まず、ベッドに横になってくださいと言われる。

パラ○ウントではないベッドに。

セラピストさんも慣れたもので、自分のペースでゆっくり横になってくださいね、と、コマ送りかスローモーションかといった動きの私を優しく見守ってくださる。

やっとのことで横になったと思ったら、

「うつぶせになりましょうね」と、これまた優しく声をかけてくださる。

「うつぶせ?・・・とてもなれそうになりません」

「大丈夫ですよ。みなさん、絶対に無理とおっしゃいますが、うつぶせになれなかった方はいままでいらっしゃいません」

あぁ、私がその記録を破ってしまうことになるのだろうか。

セラピストさんごめんなさい。私にはできそうもありません。

「どちらか向きやすい方向から、ゆっくりでいいので、お腹を下にしてください」

向きやすい方向?私は仰向けがいいです。

心の叫びとは裏腹に、うつぶせもできなかったらこの後の育児なんてできない!という根性論が私を支配し、汗をかきかきうつぶせに。

動きが緩慢だとその分腹筋に負荷が掛かっている時間が長いが、俊敏に動くと腹が裂ける。

このジレンマと戦いながらなんとかうつぶせになり、その後は大変幸せな気持ちでトリートメントを受ける。

その後、仰向けに戻る作業が待っているとは気づかずに。


もう1つは病室におけるリハビリマッサージ。

足のむくみを取るためのマッサージが病室で施される。

これはすごく気持ちがいい。

「では次、自分で両足を上にあげてください」

「大丈夫、お腹の傷は裂けたりしないから」

???

裂けたりはしないでしょうが、裂けんばかりには痛いでしょう。

きっと、足を上げるときよりも、下ろすときのほうが悶絶ものでしょう。

何度も、大丈夫、やってみて!と促されるが断固拒否。

マッサージ師さんはとても残念そうに病室を後にされた。



帝王切開で出産しなければ、腹筋のありがたみをかみ締めることもなかったでしょう。

会陰切開の人は、人なりの痛みがあるでしょう。



感動は忘れなくても、痛みは忘れることができる。

だから、「もう一人産んでもいいかな」と思うこともできる。



出産の神秘です。