秋のはじまりとともに、目の回るような忙しさで、ブログから遠ざかっていました。
いま、とあるWeb上の学校で先生をしています。そこでは「読むこと」と「書くこと」をしています。
読書体験というのは、痛みや傷を伴うものです。それなしに、誰かの書いたものを読むなどあり得ない。痛みや傷は、必ずしもマイナスなことでもありません。傷は創(きず)となって、私たちに新たな世界を見せてくれるからです。
書くことは産みの苦しみです。言いたいことを言う、そのたった一言を見つけるのは、砂漠に落としたビーズを見つけるようなものです。そこに救いがあるとすれば、せめて砂漠が限定できることでしょうか。探すべき場所がゴビ砂漠か鳥取砂丘かということくらいは、検討のつけようがあります。
いつも「書けないことを書くのだ」と伝えているのですが、そうしている手前、私も「書けないことを書いてみよう」と思います。書けるかはわかりません。でも書いてみよう、と思います。
まだいまは、糸がこんがらがっていて、その布を織るのに足りない糸がどれかもわかりません。でも、布を織らなくちゃいけない、ということは明確になりました。なのでこれは、布を織りたいという宣言でもあります。この何年かは、この織物のためにあったのだと思います。それに今、手をつけないといないということが最近わかってきました。それを織るには今しかないかもしれないということも。
タイトルにたどり着くのはだいぶ先になりそうです。まずは糸とビーズを探しに砂漠や市場へ行ってみます。縦糸はレキジット・バラエティ、横糸はこどもの進路だろうと思っています。
何が織れるかわかりませんが、集めたものや紡いだものは、ここに残しておこうと思います。