Pico Farm -63ページ目

槙の木を切る

玄関のシンボル的存在だった槙の木。


Pico Farm


いつからそこにあるかはわからないけれど
ほとんど手入れがされてこなかったのか少し
やつれた様子で、その狭い空間で充分生き抜いた
感がありました。



大きい木なのに存在感があるかといえば
実はあまりそうではなく、玄関を暗くしている
感じさえしていました。



でもこの木を切ってしまうのは胸が痛む。
だから枝を切ったりしながらどうにか
残そうと思っていました。



実はこれって自分にとっての都合。
切ると、自分の胸が痛むからそんな
思いはしたくない。




そんなところからしかこの槙の木を
見ていなかった。




しかし、自然のスピリットとお話ができる
友達がこの槙の木に関してこう言ってくれました。


「あの木はもう充分役目を果たしたみたいだね」

「もう次の役目をしてもらったらいいみたいだよ」



その言葉に決心し、切ることにしました。


Pico Farm


お陰で玄関が随分スッキリ。

Pico Farm




木にも役目があるのでしょう。


Pico Farm
    
$Pico Farm


それを考えるといらない洋服を

「これは高かったから」

とか、

「これはまた着るかもしれないから」


という視点からとっておいても結局は無駄で
何かスッキリしない感が小さな違和感として
積み重なってしまう。



いままでさんざん物を手放してきたのに
まだこの感覚があります。



何よりも自分の元でのお役目が終わったの
なら次に回すこと、そして次のお役目を
果たしてもらうことが必要。



「現役中」と「お役目が終わり」
というその境界にもっと敏感になれるよう、
今回の引越にこの槙の木の教訓を生かします。




友達のようにたとえ木とお話が出来なくても、
それを感じ取れる感性は磨くことができると
思います。





それは今の時期、散っていく紅葉からも
学べること。




どうやってそのものごとをとらえるかで
世の中には学びの種が沢山あります。




特に自然が沢山教えてくれていことに
もっと耳を傾けていきたいと思います。