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日野での生活がはじまりました

12月21日に引越てから怒濤の1週間が過ぎました。
それにしても引越前後1週間は本当によくやりました。


Pico Farm
↑我が家の頼りの防寒家具障子。
「西洋」のカーテンを受け付けてくれない緊張感のある
日本座敷には障子しかございません。
障子の数は30枚以上。
極寒のなか障子紙を外すという作業も考えると全ての張り替え
は無理なので、穴空きの激しいものを中心に張り替え。
シゴトの早い母にお願い。



Pico Farm
↑枠が多い障子は糊を塗るだけでも一苦労。



Pico Farm
↑畳を入れる前に丁寧に床拭きをする夫。
夫のおじいちゃんは畳み職人だったそうで、
彼の畳に対する思いは人一倍強いようです。



インターネットも光を導入したにもかかわらず
macとの相性の悪さからなかなか無線LANがつながらず
引越の作業の合間やっとの思いで夫がつながげてくれました。
田舎暮らしではこのインターネット環境を整えることが
かなり重要なポイントなので一安心。



しかしインターネットは通じたもののテレビの教育番組
だけが写らない。なぜだろう・・・
子供が好きな番組に集中する時間が私にとっては貴重な
時間となるのに、う~ん非常に困る。



困るといっても困っているのは親の私で、
ももにとっては引越荷物はおもちゃの宝庫音譜
普段はアクセス出来ないハサミもお皿も工具も触りたい
放題。なんせ「ぬいぐるみ」も「ドライバー」も
彼女にとっては同じ「おもちゃ」ですからね~



ストーブの柵がついていない時にはストーブの上に
靴下がのっていて、靴下が焦げていたり、
苦労してはった障子にはどいういう訳か爪楊枝で空けた
無数の穴のあと・・・ガーン
$Pico Farm



そんなことがいろいろありながらも
どうにかここまで来れたのは引越前から
ずっと娘の面倒を見てくれ、たくさんの手伝い
引き受けてくれた両親のお陰。
彼らのサポートが無ければここまで出来なかったと思います。
本当に感謝です!!



引越して来たのが年末なこともありまだあまり
近所の方々にはゆっくりとお話する機会も少ないのですが
いままでお出会いさせて頂いた人たちが口を揃えて言ってくれる
ひとことがあります。


「よう来てくれはった」


日野町の人口は増えているとも聞きますが私たちの越して来た
ここ鎌掛(かいがけ)は小学校も廃校になるほどの状態で、
この村に新しく引越してきた方の最後が10年前。
10年ぶりに新しい村民が入って来た訳ですからそれは村中の
方が知っているかのようで、ご挨拶をするとみなさんの反応が
とても良い。



でもこうして歓迎していただけることは本当に嬉しい。
しかも子供という可能性の塊も一緒ということで更に
喜んで頂いているようです。



こう書くとこの地域を知らない人は
「山の中の一軒家」に住んでいると思うようですが、
引っ越し直後にお手伝いにきてくれた人たちも言って
くれましたが結構人が住み、コミュニティーが生きています。
まだまだ何もしらない私たちでもそれをヒシヒシと
感じます。


Pico Farm
↑お手伝いに来てくれた方達と座敷でお食事。
こんなに人がこの家に集まったのは少なくとも40年は
なかったわけだから、この家も喜んでくれている
みたいでした。



明日は大晦日。
今年はおせちは作れなそうですが、夫と娘が大好きな豆類と
関東、関西両方のお雑煮は作ろうと思っています。


ももはこっちに引越して来てから更に目に見えて
成長しています。
昨日も大好きなお魚をの頭からかぶりつき
おもむろに目玉をたべておりました。
私は食べられないけれど、一番美味しいという目玉
だけ抜き取って食べるなんて誰が教えた訳でも
ないのに美味しい所を本能で知っているのでしょかね~

Pico Farm

我が子ながらそのたくましい姿に脱帽です。