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がらくた通り3丁目

人にとってはまるで無価値。それも一個人の形成には不可欠。自我の源泉をたどる旅。おつきあい頂けたら幸いです。





▲2008年製Gibson Lespaul 59Historic Collection


これって僕にとって
そんなに重要なことかな?

曲作りに熱中しているけど
残り少ない時間をこんなにのめり込むほど
曲作りに使っていいのだろうか?
その先に何がある?

たまにこう考えることがある。

若い時には寿命という残り時間も
かなりあったしそんなこと考えもしない
夢という目標に向かって
走り続けるのみだったけど
タイムリミットが見えかけてる今
できたら走りたくないし
ゆっくり歩いていたい気分にもなる

それなのに
未来があるわけでもなし
曲作りばかりに没頭してていいのかな?
もっと大切にしたり
もっと別にやるべきことが
あるんじゃないのか?

音楽だけじゃない。
絵も描きたいし模型も作りたい。
ジオラマなんて
50年近くこれまで何度か挑戦してきたけど
いまだかつて完成をみたこともない。

いや何かおかしい。

絵にしても模型にしても
音楽と同じじゃないか。
一生懸命にやって時間を割いたところで
その先に何があるんだろう?
音楽と同じじゃないか。

でもそうじゃなかった。

若い時はただ楽しいとか
その先にある夢とか将来のために
ワクワクしながらやってたことが
いつのまにか
同じことはしてても目的が変わっていた。

音楽も絵も模型も
演奏したり作ったり描いたりってことは表現だ。

僕は生きてる。
生きてるってことを表現してるんだろうな。