がらくた通り3丁目 -25ページ目

がらくた通り3丁目

人にとってはまるで無価値。それも一個人の形成には不可欠。自我の源泉をたどる旅。おつきあい頂けたら幸いです。





▲1968年製Fender Telecaster



リアルな自分。
ブログの自分。
どっちも自分だけど
本当の自分はどっち?

リアルな自分は過酷だ。
嫌いな人とも
付き合わなければいけないし
話もしなければいけない。

昔は好き嫌い関係なく
自分の意思を伝えていたけど
ある年齢に達した時
それがバカらしくなった。

理解してもらえないからだ。

お互いの理解のため対話なんて
聞こえはいいがただの口論。
こんなことがバカらしいし疲れる。

わからないヤツにはわからない
わかってもらおうとも思わない。

だから会話をしてて
本当は違うって思いながらも
何も突っ込みは入れない。
口論になるのが
わかりきってるから。

口論になって
疲れるほどの相手ではない。
体に悪いだけだ。
そう思って
本当の気持ちは言わない。

だけど好きな人には
口論になることもあるけど
思いの丈を包み隠さず言う。
ブログの自分は
こっちに限りなく近いと思う。

嫌いな人と
接する機会が多い僕にとって
リアルな自分は
ほぼ
かりそめの自分ってことだ。

リアルな自分がかりそめの自分で
ブログの自分がリアルな自分って
あべこべでおかしなもんだけど
考えてみたら
本当の自分の居場所なんて
ブログだけなのかもしれない。